吉祥寺での戦闘
主人公は、自衛官勤務する前の、最後の訓練に参加しています。
装備をして、ある地点からある地点まで歩くという、行軍とよばれる訓練です。
訓練に参加しながら、主人公は大学時代に思いをめぐらせています。
大学時代の回想が何度も入ることから、「自衛官になることへのためらい」が感じられます。
主人公は、防衛大学校ではない一般の四年制大学に通っていましたが、自衛隊の道を選びました。
両親の反対を押し切ったのですが、自衛隊を志望する強い動機は、主人公から感じられません。
周りの友人たちは就職が決まらない中、
たとえ自衛隊という辛い環境と考えられるところであろうとも、一人公務員になれることを思うと、淀んだ安心感を覚えた
とあるとおり、自衛隊が公務員である点に、魅力を感じているのでしょう。
自衛隊の入隊について、
友人らはそれを同情として受け止めたが、父親だけは怒りという感情の発露で迎え入れた。
友人に同情されているのは、作品の時代が、就職氷河期だからでしょう。
父親の怒りの理由は、主人公にはわかりません。
口論の際浴びせかけられたいくつもの父の言葉を励みとして、ありとあらゆる選択肢をかなぐり捨てようと決めた。
父親との具体的な口論内容は不明ですが、主人公の今の選択肢は、訓練をまっとうすることしかありません。
タイトル「市街戦」のとおり、吉祥寺駅周辺での戦闘が始まります。
デートや写真や絵画にいそしむ老若男女たちを払いのけて、さらに進んだ。その度に彼らは迷惑そうな視線を投げかけるだけだった。(中略)商店街の下にある装甲車をなんとしても撃破しなければならなかった。
主人公は商店街にある装甲車を撃破するため、吉祥地の市街地を疾走します。
通行人が「迷惑そうな視線を投げかけるだけ」なのは考えにくいです。市街地での銃撃戦があったら、通行人は逃げまどうはずだからです。
実際は市街地での戦闘ではなく、へき地での戦闘訓練なのですが、「自衛隊での訓練」と「大学時代を過ごした吉祥寺周辺」が混在したために、「吉祥寺での戦闘」という空想が描かれているのでしょう。
その発想は面白いのですが、空想を描くなら、吉祥寺での戦闘による通行人の反応を含め、リアルに描いてほしかったです。
作者の経歴に自衛隊勤務とあるとおり、実際に体験したのかと思うほどリアルに描かれている箇所もあります。
例えば、自衛隊の入隊前、上官から
これからこの誓約書にサインしてもらいます。これを書いたのちは、いかなる困難に直面してもそれを放棄することは許されません。
と、一枚の書面への記名と押印に、一時間あてられるシーンは、緊張感があります。
さらっとサインした主人公でしたが、訓練が終わりに向かい、自衛官での勤務が始まるというとき、
どうすればいい。どうすればいいんだ。
と、未来に不安を抱いています。
砂川さん自身が、自衛隊を辞めていることから、似たような思いをされたのかもしれません。
進路を深く考えずに選らんだ若者の、後戻りできないところまで来てしまったときの焦燥が、「どうすればいい」に集約されていると感じました。
調べた言葉
- そぞろ:そわそわして落ち着かないさま
- とぐろを巻く:何人かが何をするわけでもなく、ある場所に集まって動かずにいる
- 歯牙にもかけない:無視して問題にしない
- 烏合(うごう)の衆:規律も統制もない群衆