いっちの1000字読書感想文

平成生まれの30代。小説やビジネス書中心に感想を書いてます。

『ビニール傘』岸政彦(著)の感想【居場所を失ったら生きていけないのか】(芥川賞候補、三島賞候補)

居場所を失ったら生きていけないのか

大阪が舞台人物の視点がころころと切り替わります

ときにはタクシー運転手の男性、ときにはガールズバーの女性。

視点の切り替わりは、一つの場所に居続けない人間みたいです。

コンビニ店員や美容師など、サービス業に就く人が多く描かれます

こういう仕事でいちばん大事なのは、技術でもないし、お客様の相手でもない。大事なのは、職場の人間関係だ私たちは居場所を失ったら生きていけない

確かに職場の人間関係は重要です。

ですが、居場所を失ったら生きていけないのでしょうか

例えば、職場を辞めたら生きていけないのか。そんなことはありません。

居場所なんていくらでもあります。

タクシー運転手がだめでもコンビニ店員が。コンビニ店員がだめでも日雇い肉体労働が。

無職でも、貯金を切り崩せば生きていけます。

夢破れても、実家に帰って生きていけます。

実家がだめなら、生活保護があります。

本書は、居場所がいくらでもあることを示しています。

本書で描かれる仕事は、低賃金の重労働が多いです。

上場企業のように給料が高かったり、公務員のように雇用が安定していたりではありません。

いつ消えてなくなるかわからない、職業や人々。

それでも、居場所を失ったら生きていけない、なんてことはありません。

居場所ってどこなんでしょうか

例えば、住んでいる家、職場、行きつけのカフェ。SNSなども居場所と言えるでしょう。

居場所は点在しています。すべての居場所を失うことの方が難しいです。

仕事がクビになっても、その職場での居場所がなくなるだけです。

他の仕事に就けば、そこが新たな居場所になりますし、仕事に就けなくても、家という居場所があります。居づらくなるかもしれませんが、居場所であることには変わりません。

併録されている『背中の月』では、

人間関係でめんどくさいことがあったとき、仕事上のトラブルに巻き込まれたとき、ああ俺たちはふたりなんだなと思う

一つの居場所を失って、別の居場所の存在が際立つこともあるでしょう

居場所を失っても生きていける。そう思わせてもらえる作品でした。

どこにでもある「ビニール傘」のように。

本書に出てきている人たちは、裕福な暮らしをしているわけではありません。

むしろ貧困に近いです。

異質なのが、著者の岸さんです。

岸さんは、大学での就職が決まったのは30歳過ぎでしたが、現在は社会学者です。

日雇いの肉体労働やバーデンダーの経験もあるようです。

低所得層の人々の生活を見て、自らも体験してきたからこそ、居場所はどこにでもあると思わせてくれるのかもしれません。