居場所を失ったら生きていけないのか
大阪が舞台。人物の視点がころころと切り替わります。
ときにはタクシー運転手の男性、ときにはガールズバーの女性。
視点の切り替わりは、一つの場所に居続けない人間みたいです。
コンビニ店員や美容師など、サービス業に就く人が多く描かれます。
こういう仕事でいちばん大事なのは、技術でもないし、お客様の相手でもない。大事なのは、職場の人間関係だ。私たちは居場所を失ったら生きていけない。
確かに職場の人間関係は重要です。
ですが、居場所を失ったら生きていけないのでしょうか。
例えば、職場を辞めたら生きていけないのか。そんなことはありません。
居場所なんていくらでもあります。
タクシー運転手がだめでもコンビニ店員が。コンビニ店員がだめでも日雇い肉体労働が。
無職でも、貯金を切り崩せば生きていけます。
夢破れても、実家に帰って生きていけます。
実家がだめなら、生活保護があります。
本書は、居場所がいくらでもあることを示しています。
本書で描かれる仕事は、低賃金の重労働が多いです。
上場企業のように給料が高かったり、公務員のように雇用が安定していたりではありません。
いつ消えてなくなるかわからない、職業や人々。
それでも、居場所を失ったら生きていけない、なんてことはありません。
居場所ってどこなんでしょうか。
例えば、住んでいる家、職場、行きつけのカフェ。SNSなども居場所と言えるでしょう。
居場所は点在しています。すべての居場所を失うことの方が難しいです。
仕事がクビになっても、その職場での居場所がなくなるだけです。
他の仕事に就けば、そこが新たな居場所になりますし、仕事に就けなくても、家という居場所があります。居づらくなるかもしれませんが、居場所であることには変わりません。
併録されている『背中の月』では、
人間関係でめんどくさいことがあったとき、仕事上のトラブルに巻き込まれたとき、ああ俺たちはふたりなんだなと思う。
一つの居場所を失って、別の居場所の存在が際立つこともあるでしょう。
居場所を失っても生きていける。そう思わせてもらえる作品でした。
どこにでもある「ビニール傘」のように。
本書に出てきている人たちは、裕福な暮らしをしているわけではありません。
むしろ貧困に近いです。
異質なのが、著者の岸さんです。
岸さんは、大学での就職が決まったのは30歳過ぎでしたが、現在は社会学者です。
日雇いの肉体労働やバーデンダーの経験もあるようです。
低所得層の人々の生活を見て、自らも体験してきたからこそ、居場所はどこにでもあると思わせてくれるのかもしれません。