選評を読んで
著者は17歳で、史上最年少受賞とのことです。
どんな小説を書くのだろうと読み始めたら、厳かな文章という印象を持ちました。
人物の描写では、
目鼻立ちの、運命に苛まれているような美貌は思わず息を呑むほどで、傑出した細長い眉、翳りのある眼差、優雅な鼻梁、玲瓏たる唇、薄い頬、形の良い耳と造形美の到達点ともいえる輪郭は、閑暇を持て余す屹然とした咽喉を含む勇壮な頸に支えられ、端正でありながら精悍であり、その微妙な凛々しさが、陶酔を超えた先にある官能的な印象すら与えた。
私にはこのような文章を書くことはできないと、感服しました。
選考委員の大澤信亮さんは、
通俗な言葉を一文字でも書くまいという作者の覚悟
と本作を評価しています。
小山田浩子さんは、
壮麗な文章を書きたいという欲望自体は否定されるものでもないと思うが私は読むのがしんどかった。
と書いてます。
私は、作者の文才に感服した一方で、ひっかかりを感じた部分もありました。
作品冒頭の文章は、
海を見た人間が死を夢想するように、速水圭一は北条司に美を思い描いた。
「海を見た人間が死を夢想するのは当然」という印象を抱きましたが、そうなんでしょうか。
少なくとも私は、海を見て死を夢想することはないと思います。
津波の映像を見て、死を夢想することはありますが。
海という言葉を聞いて、私が頭に思い浮かぶのは、美しさです。
冒頭の文章が、
「海を見た人間が美しさに溜息をもらすように、速水圭一は北条司に美を思い描いた。」
であれば、読んだときのひっかかりは、なかった気がします。
主人公(速水圭一)は美術部所属の高校2年生で、同級生の北条司を美しいと思ってます。
二人とも男性です。
主人公の書いた海の絵を、北条は気に入ります。
主人公は北条に、絵のモデルになってほしいと言います。
北条の美しさは外観だけのはずがないのだ。海の美しさは、決して青さだけでなく、震撼する暗闇もその美しさのはずだ。
(中略)北条の美しさは外観だけではなく、無関心そのもの。彼の心の有様こそが、速水が描くべき敵であり、今立ち向かいたい完全なる美である。
- 海の美しさ:青さ、暗闇
- 北条の美しさ:外観、心の有様(無関心)
美しさを基準に、海と北条を比べています。
やはり冒頭の対比も、海を見て死を夢想させるより、美を連想させる方がしっくりきます。
ではなぜ、「死を夢想する」と書いたのかを考えると、作品に死が強く関わることを、冒頭で示したかったのかもしれません。
「なんで海を見て死を夢想?」と疑問を抱かせるのが、作者の狙いだった可能性はあります。
読んでて面白かったのは、美術部の先輩の行動です。
選評で又吉直樹さんは、
美術部の先輩が常識を次々と台無しにしていく狂い方が際立っていた。
と書いてます。
私は美術部の先輩の狂い方に、わかっててやってるわざとらしさを感じながらも、面白みがありました。
小山田浩子さんの選評が勉強になりました。最終候補作について、
五作中四作が主人公がなにを考えているのか全部書きたい小説だった。主人公が悟りに至るための小説というか、主人公の思考や思想が主軸の小説があってもいいだろうがその場合書くべきは主人公が考えたことの説明ではなくてむしろ他者や主人公の外にある世界ではないか。
確かにそうだなと思いました。
主人公の思想を補強したり、より議論を深めるために反論を言ってくれたりするだけの話し相手は実質主人公の分身で他者ではない
本作の登場人物たちにも通じることだと思います。
北条や美術部の先輩が主人公の分身と言われたら、そうかもしれません。
美術部の先輩が恋人に、
時代とか意味とかを無視して独善的な美を追求するだけなら、あなたのそれは小説じゃなくて抒情詩でしょ
と言われます。
「時代とか意味とかを無視して独善的な美を追求」してるのが、本作だと思いました。
主人公が北条という美を追求した結果どうなるかという抒情詩。ではなく小説です。
感想②はこちらです。