いつか必ず失われる姿
マジックミラーは、男性同士の性的交流の場(ハッテン場)の入り口に置かれています。
狭い玄関だった。例によって正面にマジックミラーとスリットがある。どこのハッテン場でも同じだ。
主人公は、新宿二丁目のバーで、過去の出来事を思い出しています。初めてハッテン場に行った大学生の頃から、20年経ちます。
はるか昔、主人公がマジックミラーの前で自らに誓った言葉について。
いつかは誰にも相手にされなくなる日が来る。覚えておく。この姿を覚えておく。この紫色の姿を見て、覚えておくと思ったことを覚えておく。これはいつか必ず失われる姿なのだ。覚えておく。僕は僕のこの体を。
「覚えておく」が繰り返されます。
上の引用部分で物語が終わるので、40歳を過ぎた主人公が、
- 誰にも相手にされなくなる日が来ること
- 最高の体をしていた自分の体のこと
- 上記2つを覚えておこうと思ったこと
を「覚えておけた」かどうかは不明です。
ただ主人公は、一度体の関係を持った男性と、バーで再会しているので、この後の展開で、再び体の関係を持とうとするか、帰宅するかで、変わってくるでしょう。
仮に男性を誘って、相手にされなければ、
- 誰にも相手にされなくなる日が来ること
- 最高の体をしていたこと
- それらを覚えておこうとした日のこと
を思い出すかもしれません。
千葉さんは、自身のnoteの記事(『新潮』2021年6月号)で、
この世界での話は今後シリーズ的に展開したいと思っています
と書いていますので、『マジックミラー』の続編的なものを書かれるかもしれません。
私は正直、このシリーズ(『デッドライン』、『マジックミラー』、『オーバーヒート』)は男性同士の性描写がきついので苦手です。千葉さんの文章は、迫力がありすぎて生々しいです。
とはいえ、
- 『デッドライン』で野間文芸新人賞、芥川賞候補
- 『マジックミラー』で川端康成文学賞受賞
- 『オーバーヒート』で芥川賞候補
ですので、評価されている作家です。私は、千葉さんの臨場感ある文章力が、男性同士のハッテン場だけにとどまらないと思うので、他のテーマでの作品を期待します。
上記の作品いずれも、著者本人に近しい主人公かつ舞台設定ですので、全く別の作品も読んでみたいと思いました。
『マジックミラー』の川端康成文学賞について、千葉さんはnoteの記事(『新潮』2021年6月号)で、
ノミネートも聞いていなかったし
と書いています。
『新潮 2021年6月号』の選考経過では、
前年度の文芸、総合、読物の各雑誌、ならびに単行本に発表された短篇小説から十三篇を第一次選考の対象とし、さらに六篇にしぼり
とあります。
選ばれた13篇、6篇の短篇小説の作品名は書かれていません。
選評にも、他の候補作については一切書かれていません。
村田喜代子さんの選評に、
選考会ではその作を満場一致で送り出すことができた
とあることから、『マジックミラー』が満場一致で選ばれたことはわかります。
せっかく良い作品なのに、なぜ『マジックミラー』が選ばれたのかが不透明なのは残念でした。