樺太の少数民族の末裔
主人公は、北海道で非常勤の学芸員をしている、30歳の女性です。
本作は、
- 主人公
- 主人公の父
- 父の母(主人公の祖母)
と、三世代に及ぶ一族の物語として、語られます。
祖母は、樺太で生まれ育つ少数民族でしたが、第二次世界大戦時のソ連軍の侵攻によって、北海道に渡ります。
北海道に渡った祖母は、養子に入ります。
養子に入った家で、祖母の兄になった人物が、彫刻をしていました。
祖母の兄が作製した彫刻は、のちに、主人公の勤める博物館に所蔵されます。
祖母の兄と主人公には、血のつながりはありません。
主人公は、少数民族の祖母の孫であるため、少数民族の末裔と言えます。
ですが、主人公は、男性ではなく女性との付き合いを好むため、少数民族の血は途絶えるかもしれません。
興味深いのは、少数民族の家系であることを、主人公や父が把握していない点です。
三人称で語られるので、読者は主人公一家の歴史を把握できますが、当の主人公たちは、自分たちの境遇を理解していないようです。
物語は、終始穏やかに進行します。
丁寧な文章で描かれるので、情景がありありと浮かんできます。
彫刻の描き方や、キリル文字に入り込んで旅を想像する場面など、すごいと感心する箇所は多いです。
ただ、物語的に面白くはなかったです。
純文学の選考において、物語的面白さは二の次なのかもしれません。
選評を読んで、田中慎弥さん以外の4人の選考委員は、受賞に賛成しているようでした。
受賞に賛成しなかった田中さんの選評の一部を抜粋します。
あまりにも穏やかであり、平板。残酷な描写を意図的に排除したのかもしれないが、ここに暴力や流血が描かれていたとしても、作品は壊れないだろう。むしろ、残酷な描写があり得てこそ、この作品の持つ穏当な、幸福な部分も生きるのではないか。
残酷な描写が必要かどうかは、私にはわかりませんが、穏やかで平板なのはそのとおりだと感じました。
どうして穏やかで平板に感じるかというと、一つに、主人公に魅力がないことが挙げられます。
なぜ、主人公の魅力がないかというと、主人公が何にも悩んでいるように見えないからです。
例えば、少数民族の末裔だと知った主人公が、子孫を残すかどうか葛藤する展開になれば、違った感想だったかもしれません。
物語が、作者の考える流れに沿って、スムーズに描かれています。どこにも衝突することなく、最後まで進んでいきます。
上にも書いたように、作品の文章力は抜群です。
三世代の時系列をばらばらに書いているのに、どの時代か理解できるように構成されていますし、自然やそこで生きる動物たちの、みずみずしい描写が目に浮かびます。
ですが、心に迫ってくるものがありません。どこか他人事めいていて、私は物語に入り込めず、傍観している感じでした。