失われた記憶を取り戻す
主人公は、僕(男性)と私(女性)の2人です。
主人公の僕には、薬指と小指の指先がありません。
左手の薬指と小指は途中で止まっている。誰かの感覚を、ない指に感じる。
僕は幼い頃に、ウサギに噛まれたらしいです。
しかし、噛まれた記憶は定かではありません。
僕が勤めている会社に、もう一人の主人公(私)がやってきます。
僕と私は、両親を亡くし、施設で暮らしている時期がありました。
彼女は言います。
昔の記憶が、消されてるらしいの
施設長がかつて、記憶を消すことに同意し、幼い頃の僕と私の記憶が消されたようです。
2人は、失われた記憶を取り戻すことを決意します。
僕と私は、会う回数が増え、それに伴って、かけがえのない存在に変わっていきます。
文章中に「僕」と「私」が混在している箇所があり、2人が溶け合っているように描かれています。
記憶を消した組織の言い分は、以下のとおりです。
抜き取るのはトラウマのような記憶、それに付随する記憶だけです。我々の目的は、不幸な子供たちを救済することです。
心の傷を知らない間に取り除くことが、子どもたちの救いだと言います。
抜き取られた記憶は、映像としてアーカイブされ、研究や教育などに使われているそうです。
主人公2人は、アーカイブされていた映像を見ます。
主人公2人は、きょうだい(姉と弟)でした。
失われた記憶を取り戻した結果、姉は弟を拒絶します。
弟は、姉と連絡が取れなくなります。
弟は、街で見かけた姉に声を掛けますが、姉は弟のことを覚えていませんでした。
姉は記憶を消したようです。
なぜ、記憶を消したのでしょうか。
恋人関係になった人が、弟だったからでしょうか。
記憶を消すにしても、一方的すぎです。こんな簡単に過去を消せるものでしょうか。
主人公は、僕(弟)と私(姉)の2人です。
一人称で書いているからこそ、記憶を消す側の心理である、姉の苦悩を描いてほしかったです。
ただ、姉の心情を読み取ることはできます。
記憶を消す前、主人公の僕が、エレベーターで閉所恐怖症だと言ったとき、私も閉所恐怖症だったと彼女が言います。
自分が閉所恐怖症だって思うから、閉所とか恐怖って言葉に持ってかれて怖くなるんだよ。(中略)出来るだけ閉所恐怖症って思い出さないように、その言葉自体を遠ざけておく
彼女は、取り戻した記憶を、閉所恐怖症と同じように、思い出さないように遠ざけることはできなかったのでしょう。
だから、無理に記憶を消すしかなかったのだと思います。
抜き取られたのはトラウマのような記憶だとわかっているのだから、最初から記憶を取り戻さなければ良かったのかもしれません。
ですが、自分が忘れたのではなく、他者に記憶を消されているからこそ、その記憶を取り戻したいのだと思いました。
島口さんの過去2作に比べ、格段に読みやすく、失われた記憶を取り戻すというストーリー性もあり、楽しく読み進めることができました。
新しいことをしようとしている作家だと思うので、次作も楽しみにしております。