選評を読んで
シャーマンとは、
神や精霊との直接接触からその力能を得、神や精霊との直接交流によって託宣、予言、治病、祭儀などを行う呪術・宗教的職能者(日本大百科全書)
とあります。
作中でシャーマンを託されてるのは、主人公です。
主人公は、南米で生まれ、母からシャーマンとして育てられます。
育ったのは日本で、現在30代半ば。
母は80代。老人ホームに入ってます。
主人公は、自らはシャーマンでないと言います。
『精霊の声』が聞こえないから
神や精霊と直接交流するのがシャーマンです。
また、主人公は、母が産んだ子ではないと推測します。
三十を過ぎたあたりから、(中略)そんなはずはないだろう、という声が響きはじめていた。待ち望む精霊の声ではない、ただの自分の声だ。
おそらく自分はあの人が南米の原住民からもらうか、買うかした子なのだろうというおぼろげな考えが、輪郭を際立たせていった。
出生だけではなく、主人公が母から聞いていた教えが、崩れます。
信じてたものが崩れていくときの絶望感は、薄い気がしました。
もしかしたら、主人公は気づいてたのかもしれません。
- 母親の子どもでないこと
- シャーマンでないこと
- イヌワシで目をえぐられてないこと
30歳を過ぎたあたりから気づくというのが、遅い気がします。
今まで気づくタイミングはあっただろうと思いました。
選考委員の金原ひとみさんは、
自分という存在には特別な意味があると思って生きてきたものの、何もないらしいと気づいた者の苦悩を描いている
主人公の年齢は、10代中盤から20代前半の方が、リアリティがあると感じました。
都会の川に入って魚を獲る生活を、30代半ばまで続けてきたのでしょうか。
それまでに警察のお世話になってる気がしますし、自分自身でもおかしいと気づくはずです。
小山田浩子さんは、
金銭的にはどうやって生活しているのか
と書いてますが、確かにそのとおりです。
現代の日本で、どうやって生活してきたのか、疑問に思いました。
生活保護や障害年金で暮らしてるのか、母の資産で生活してるのか、わかりません。
主人公の母は、
七歳にもなるまで娘を自家教育し、一切の社会的接触をもたせてこなかった事実
があり、主人公は一時期、養護施設に行っていたこともあるらしいです。
又吉直樹さんは、
母が創作(捏造)した物語が現実によって破壊されていくという構造に魅力を感じた。(中略)信じていたものが崩れていくさまにユーモアがあり、それでも信じていたものを棄てきれない葛藤に人間の姿が見えた。
と書いてます。
前者(創作した物語が破壊されていく構造)には、面白みを感じました。
しかし、後者は疑問です。
信じていたものが崩れていくさまにユーモアは感じませんでしたし、信じていたものを捨てきれない葛藤に人間の姿は、私には見えませんでした。
私にとっては、難解でレベルの高い作品でした。