いっちの1000字読書感想文

平成生まれの30代。小説やビジネス書中心に感想を書いてます。

『サイドカーに犬』長嶋有(著)の感想【母が家を出た】(芥川賞候補)

母が家を出た

サイドカーに乗った犬を、主人公は海沿いの道路で見ます。

サイドカーに犬を乗せたバイクが前方を走っていた。犬は行儀よくすわっていた

主人公も、サイドカーの犬のように行儀がよいです

欲しいものを、人にねだることができません。

主人公が小学4年生のとき、母は家出しました

「家を出た」と思うようになったのは、母が帰ってきてからだ。出たときは「母が帰ってこない」とだけ思っていた。

帰ってきてはじめて「家出」になる。確かにそうだなと思いました。

本作は、大人になった主人公が、小学4年生の頃を回想しながら描かれます

描かれる時代は1980年代初めで、

  • パックマン
  • 500円札
  • 山口百恵

など、その時代ならではの言葉が出てきます。

私はその時代に生きていないのですが、懐かしい風景が目の前に浮かびました。

主人公の母が出ていった後、「洋子さん」という女性が家に現れます

洋子さんに誘われ、主人公は、近所のスーパーに買い出しに行きます。

洋子さんがどこからやってくるのかは分からなかった。普段なにをしている人なのかも知らされなかった。とにかく夕方になるとどこからか自転車で現れ、私たちの晩御飯を作り、父たちが麻雀を始めると台所にいって文庫をめくった

謎な人物です。食事のことを「エサ」と言ったり、突然涙を流したりします。

サドルを盗まれたら、別の自転車のサドルを盗む女性です。

洋子さんは主人公をかわいがり、主人公も洋子さんになついているように見えます。

ある日、主人公と洋子さんが家に帰ると、母が部屋の真ん中に正座していました

母が家にいることのほうが、当たり前なのだった。家を出たときも前触れはなかったのだから、戻るときに前触れがなくても、それもまた当たり前だ。

母は、洋子さんを叩きます。

私は自分が殴られたようにすくみあがったが、洋子さんは平気そうだった

私は、洋子さんに感情移入していました。

母が出ていった主人公の家で、母親代わりのようなことをしている洋子さんに、健気さすら感じていました。

洋子さんの行動の原動力は、主人公への愛情ではなく、主人公の父親への愛情でしょう。

ですが、母の代わりに洋子さんが来てくれたおかげで、主人公にとっての、母の不在という衝撃を、ある程度和らげてくれたと思います。

それなのに、母は洋子さんを一方的に殴りました。

主人公も、自分が殴られたようにすくみあがっています。

なぜ、主人公の母は出ていったのでしょうか

家出の理由が明かされぬまま、物語は終わります。

別の何かが「そろそろなんじゃないか」という気がする

と、締めくくられます。

「そろそろ」なのは、父もしくは母から、母の家出の理由が明かされることかもしれません。