母が家を出た
サイドカーに乗った犬を、主人公は海沿いの道路で見ます。
サイドカーに犬を乗せたバイクが前方を走っていた。犬は行儀よくすわっていた。
主人公も、サイドカーの犬のように行儀がよいです。
欲しいものを、人にねだることができません。
主人公が小学4年生のとき、母は家出しました。
「家を出た」と思うようになったのは、母が帰ってきてからだ。出たときは「母が帰ってこない」とだけ思っていた。
帰ってきてはじめて「家出」になる。確かにそうだなと思いました。
本作は、大人になった主人公が、小学4年生の頃を回想しながら描かれます。
描かれる時代は1980年代初めで、
- パックマン
- 500円札
- 山口百恵
など、その時代ならではの言葉が出てきます。
私はその時代に生きていないのですが、懐かしい風景が目の前に浮かびました。
主人公の母が出ていった後、「洋子さん」という女性が家に現れます。
洋子さんに誘われ、主人公は、近所のスーパーに買い出しに行きます。
洋子さんがどこからやってくるのかは分からなかった。普段なにをしている人なのかも知らされなかった。とにかく夕方になるとどこからか自転車で現れ、私たちの晩御飯を作り、父たちが麻雀を始めると台所にいって文庫をめくった。
謎な人物です。食事のことを「エサ」と言ったり、突然涙を流したりします。
サドルを盗まれたら、別の自転車のサドルを盗む女性です。
洋子さんは主人公をかわいがり、主人公も洋子さんになついているように見えます。
ある日、主人公と洋子さんが家に帰ると、母が部屋の真ん中に正座していました。
母が家にいることのほうが、当たり前なのだった。家を出たときも前触れはなかったのだから、戻るときに前触れがなくても、それもまた当たり前だ。
母は、洋子さんを叩きます。
私は自分が殴られたようにすくみあがったが、洋子さんは平気そうだった。
私は、洋子さんに感情移入していました。
母が出ていった主人公の家で、母親代わりのようなことをしている洋子さんに、健気さすら感じていました。
洋子さんの行動の原動力は、主人公への愛情ではなく、主人公の父親への愛情でしょう。
ですが、母の代わりに洋子さんが来てくれたおかげで、主人公にとっての、母の不在という衝撃を、ある程度和らげてくれたと思います。
それなのに、母は洋子さんを一方的に殴りました。
主人公も、自分が殴られたようにすくみあがっています。
なぜ、主人公の母は出ていったのでしょうか。
家出の理由が明かされぬまま、物語は終わります。
別の何かが「そろそろなんじゃないか」という気がする。
と、締めくくられます。
「そろそろ」なのは、父もしくは母から、母の家出の理由が明かされることかもしれません。