いっちの1000字読書感想文

平成生まれの30代。小説やビジネス書中心に感想を書いてます。

『世紀の善人』石田夏穂(著)の感想【善人とは誰か】

善人とは誰か

文章だけで笑わせてくれる小説は、石田さんの作品以外、ぱっと思いつきません。

稀有な作家さんです。

本作の掲載は、すばる1月号。

まだ、芥川賞候補にも単行本にもなっていない作品を、読みました。

雑誌の表紙に「石田夏穂」の文字が見えて、これはもう、読もうと思いました。

タイトルではなく、作家名に惹かれて手に取りました。

主人公は、三國造船(通称サンゾウ)という会社で働いてる女性です

同僚は男ばかりです。

同僚たちは、女性の主人公を、小間使いします

  • 他社からの菓子折りを同僚に配らせ
  • ワードやエクセルのPDF化させ
  • 会社の労働組合への出席させ

などなど、面倒なことは、主人公に全振りします。

これは主人公だからというわけではなく、会社の体制がそうです。

主人公以外の女性社員も、同じような目に合ってます。

女性社員は、主人公のいる組合室に相談に来ます。

他の「メンズ総合職」とは明らかに対応が違う

最初は若手の仕事だと思って我慢してたんですけど……

女性社員は、肉体的精神的に参ってしまったようです。

主人公はアドバイスします。

あなたももっとサンゾウをよく見た方がいい

サンゾウは会社名ですが、主人公は男性社員一般を、サンゾウと呼んでます。

ものを知っていると、そうじゃないより私たちは強い。(中略)弱いやつは、自分のことなど知らないでいいそれより周囲の安全確認のほうが大事だ自分の天敵を熟知するほうが、遥かに大事だ

主人公はサンゾウを観察し、サンゾウにあだ名をつけます。

  • 朝早く出勤し、モーニングルーティンを行うサンゾウ:通称アサゾウ
  • バウムクーヘンでむせて死にそうになるサンゾウ:通称ムセゾウ
  • フーと長い息を吐くサンゾウ:通称フーゾウ

一方、主人公が何の仕事をやってるか、わかりません。

朝早く来て、夜遅く帰ってるようですが、具体的に何の仕事の担当かは、わかりませんでした。

同僚たちに言われたことを、その都度やってる感じなのかもしれません。

それがタイトル「世紀の善人」の意味なのでしょうか。

「世紀の善人」とは。

主人公は、組合室に相談に来た女性社員のことを「いい人」だと言います。

何というか、すごくいい人だ

いい人だと言われた女性社員は、意味がわかってません。

私もわかりません。

あなたは知らないだろうけど、あなたはすごくいい人だと思う

「いい人」が多用されます。

女性社員は、専務の薬を自分の薬と入れ替えていました。

  • 専務:心臓の病気の薬
  • 女性社員:精神安定剤

自分の健康と引き換えに、専務を殺しにかかっているのだ

それがいい人なのか?

女性社員が、精神安定剤を飲まないリスクを負ってまで、専務の薬を入れ替えることが、善人なのでしょうか。

主人公は、

サンゾウに手を加えようと思ったことがない自分はただ見ているだけだ

主人公は見ているだけでした。

同僚を憎いと思っても、仕返ししてきませんでした。

しかし、女性社員は違います。

自分の健康を害してでも、専務の健康にも影響を与えようとしています。

主人公は、「いい人」としか表現できないと言いますが、私には「いい人」の意味がわかりませんでした。

「いい人」は、善人と言い換えられます。

では、「世紀」とは。

サンゾウという会社の歴史で、仕返しをする女性社員のような人がいなかったのかもしれません。

サンゾウ社員の賞与は従来の四か月から十二か月になり

と、高いボーナスを出す会社です。

高いボーナスが出る会社であれば、会社の歴史も長いのかもしれません。

サンゾウは、男尊女卑、パワハラ、セクハラなど、今の時代にそぐわない旧態依然とした会社です。

そこに現れた、一筋の光である女性職員。

彼女は自らの健康を害しても、専務の症状を悪化させようとします。

彼女こそが、長い会社の歴史で現れた善人だったかもしれません。

気になったのは、彼女の精神安定剤が、

「ン」で終わるカタカナ十文字

と表現されてます。薬名を隠す必要があったのか、そこだけ疑問でした。