締め切りに追われるゲイの大学院生
デッドライン=修士論文の締め切りです。
主人公は、哲学を研究する大学院生です。
とりあえず惰性でモースの研究を続けていた。それでいいのかどうかはまだよく考えていなかった。
モースの研究をするのは、流されて行き着いた先という印象です。
院に進学しておきながら、熱を感じません。
インテリっぽい言葉のカッコよさに――内容は二の次で――憧れていて、大学入学後は、現代思想や批評の本を齧っては真似事の文章を書き、ホームページに載せていた。
一方、夜になると、男として男を欲望します。それを周りに公言しています。
ゲイだからと、友人にいじめられたり距離を置かれたりしません。よくあるマイノリティが攻撃される物語ではありません。
タイトルの「デッドライン」は、締め切りだけでなく、死の線も意味します。
以下に興味がある人におすすめです。
- 大学院生の日常
- 男を欲望する男の日常
- 哲学的思考
一言あらすじ
男を欲望する大学院生は、修士論文が書けない。周りの大学院生との交流やゲイバー通いの日常。その間にも締め切りは迫っている。
主要人物
- 主人公:「○○」と表記される。男を欲望する大学院生
- 徳永先生:主人公の指導教授。専門は中国哲学
泳いでる魚が楽しそうだとわかるのか
徳永先生の授業での問答です。
- 泳いでいる魚を見て「楽しそうだ」と言った。
- それを聞いた人が、「あなたは魚でないのに、なぜ楽しそうだとわかるのか」と言った。
楽しそうに泳ぐ魚って、確かにいますよね。
なぜ魚ではないのに、そう思うのでしょうか。
徳永先生の推論です。
ある近さにおいて秘密を共有することなのだと徳永先生は言った。それは魚に「なる」ことだと思った。(p.49)
ある近さで自分と魚が一体化するから、楽しそうだとわかるわけです。
近さは、物理的距離というより心理的な距離でしょう。
とはいえ、魚に「なる」ってどういう状態なのか。
個人的には、魚が楽しそうに見えるだけで、どんな近さでも、楽しいかどうかは魚にしかわからないと思います。
一体化する感覚を味わったことがないからかもしれません。
ある近さで一体化する
一体化は、性描写でも登場します。
挿入側として挿入するのではない。「挿入側として」という分離なしで、彼女の身体への一致として挿入する、のかもしれない。それは、言い換えれば「彼女になる」ことなのではないか。
魚になったり彼女になったり。人間とも動物とも、ある近さで一体化します。
ヱヴァンゲリヲンの人類補完計画を思い出しました。
では、締め切りが迫った主人公は何と一体化するのか。
哲学的思想にあふれた作品です。
調べた言葉
- 活人画:画中の人物のように動かずにいるもの
- 気宇壮大:気前のよい
- 大儀そう:気だるそう
- 憮然:呆然とするさま
- 虚をつく:油断しているところをつく
- 不渡り:小切手の所持人が、期日になっても支払人から支払いを受けられないこと
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