いっちの1000字読書感想文

平成生まれの30代。小説やビジネス書中心に感想を書いてます。

『列』中村文則(著)の感想②【整理券に書かれたもの】

整理券に書かれたもの

感想①はこちらです。

主人公は列に並んでいます。

何の列か、いつから並んでるかはわかりません。

並んでる理由もわからないのに、列を抜けることはしません。

主人公は、後ろの人から伝言を受けます。

後方からの噂ですが、どうやら私達は全員、整理券を持ってるらしい

整理券はポケットに入っているようです。

私達が、何のために並んでるかわかるそれが書かれている

という整理券です。

主人公は、

知りたくない

と言います。

伝言をした人も同様です。

嫌だ自分を知ることになる

この感覚はなんでしょうか。

何の列かわからずに並んでいた人たちに差し伸べられた、整理券。

整理券を見れば、何のために並んでいたかわかります。

それなのに、知りたくないという考えが浮かんでしまうのは、なぜでしょうか。

整理券を見れば、自分を知ることになります。

知りたくないのは、自分を知らずに生きていた方が良い、ということになります。

自分を知ってしまうと、それにとらわれて生きていかなければならなくなる、ともいえます。

整理券は、自分の願望です。

他人の整理券には、「同期で最初に部長になり、とにかくもてること」「仮想通貨」と書かれていました。

それを見た主人公は、

何とつまらない人間だろう

と思います。

主人公は、大学で猿の研究をしている非常勤講師です。

整理券を見るまでもなく、論文を発表することが、主人公の整理券に書かれているべきことだとわかっていました。

しかし、主人公の整理券には、

列に並ぶこと

と書かれていました。

主人公の目的は、列に並ぶこと、それ自体でした。

主人公の整理券を見た人は言います。

何かの願いより、もう並ぶことが目的になってるんですよ……最悪だもう中毒に等しい

主人公は否定しますが、整理券に「列に並ぶこと」と書かれている以上、否定できません。

主人公の整理券を見た人は同情します。

他人と自分を比べてずっと文句を言い、ずっと苦しんでいたいんだ

これが、「列に並ぶこと」の一つの意味です。

一つの意味と書いたのは、列に並ぶ意味の全てが、「他人と自分を比べてずっと文句を言い、ずっと苦しむ」だと、私は思わないからです。

主人公の整理券には、どうして「論文」と書かれずに、「列に並ぶこと」と書かれていたのでしょうか。

主人公が「他人と自分を比べてずっと文句を言い、ずっと苦しんでいたい」ようには、私には見えませんでした。

主人公が准教授のポストにつけなかったことに文句を言い、苦しんでいたのは確かです。

准教授のポストを奪うため、ポストに就く予定の後輩を殺せる寸前までいきました。

殺さなかったのは、主人公が自らの境遇にずっと文句を言いたかったわけでも、ずっと苦しんでいたかったわけでもありません。

同種を殺す拒否感を、生物学に関わる私は、その尊重を直視させられる

それに、若い人間は殺せない人生を侮蔑するなら別の方法だ

と、准教授のポストのための殺人を、主人公はしませんでした。

主人公が文句を言い、苦しんでいたいわけではないのに、主人公の整理券には「列に並ぶこと」と書かれていました。

主人公の願望と思われるもの(深層心理)は、列に並んだことで達成されましたが、なぜ整理券に「列に並ぶこと」と書かれていたかは、わかりませんでした。

列

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