読みやすいが難しい
『居た場所』に続き、芥川賞候補です。
前作同様、読みやすいです。
ですが、この作品が何を言いたいのか考え出すと、難しくなります。
本作は、主人公の幼少時代から社会人までを描いているのですが、
結局何が言いたいの?
と、投げ出してしまいそうです。
とはいえ、投げ出すのはもったいないです。
芥川賞の候補ですから、何かがあるのです。
この一人称の語りには、書かれていない大事なことがあります。
それが、いったい何なのか。
「考えさせる作品が好き!」という人におすすめです。
前作『居た場所』の感想はこちらです。
一言あらすじ
巻き込まれ型の女性の、幼少時代から社会人時代までを、一人語りで描く。
主要人物
- シバ:私。何度も災難に巻き込まれる
- 母:シバの母。よそを見るみたいにして、小さな虫をつぶす
- おばあちゃん:シバの祖母。目が悪いので小さな虫が見えない
- ニシダ:シバの高校の同級生。女装して政治的な集会に参加している
ヘルメットが示すもの
ヘルメットは、世の中のほかのものに比べたらほんのすこし進化とか改良の速度が遅い気がする。(p.10)
冒頭の一文です。
ヘルメットは、この後にも何度か登場します。
「ヘルメットをかぶせる」とか「ヘルメットをかぶったおっさん」とか。
これが何を暗示しているのか。
主人公の記憶に溶け込んでいるヘルメットですから、大切なことを示しているのでしょうが、正直わかりませんでした。
書かれていない大事なこと
言わないで、言わないでと思っていた言葉を、きっと今、ニシダは言う。もう止める気も、祈る気も起きない。(p.49)
この後、語られていなかったことが明らかになります。
この作品は、シバが半生を自分語りしていますが、トラウマになるはずのその事件が抜け落ちているのです。
小学生や中学生で災難に巻き込まれたシバが、高校生で受けたこと。
それは語られることなく、シバの中だけに留められていました。
私も、おばあちゃんやお母さんと同じように、手ごたえ無く殺した小さい虫を、なかったことにしてきたのかもしれない。
(中略)
自分のまわりにこの虫とは別のなにかがいっぱいあるのに気がつかないで、生きているのかもしれない。(p.50)
- 気づくこと(母)
- 気づかないこと(おばあちゃん)
- 気づいているのに気づかないふりをすること(シバ)
本当に嫌な出来事は、なかったことにして生きていくしかありません。
ニシダの女装は、この事件がきっかけなのかもしれません。
隠された部分は、読者に解釈をゆだねる作品です。
調べた言葉
ものものしい:いかめしい、大げさだ
のたくる:体をくねらせてはう
逃げおおせる:完全に逃げ切る
福音:喜ばしい、よい知らせ
大切なことが隠されているという点で、村上春樹さんの『風の歌を聴け』を思い出しました。村上さんのデビュー作です。
第161回の芥川賞候補作についてはこちらです。