言葉か音か
主人公(姉)は翻訳の仕事、妹は作曲をしています。
- 姉=言葉
- 妹=音
に、象徴されます。
主人公は、妹に良き指導者をと考え、
音楽理論の専門家である父に会いに、姉妹でウィーンへ行きます。
母と離婚した父は、ウィーンで暮らしていました。
父に、妹が作曲したものを見てもらいます。
そこに一つ、主人公が歌詞を付けた作品がありました。
父はその歌詞を、「褒められたものではなかった」と批判します。
彼は言います。
互いの才能が充分でない場合、言葉と音の結びつきは、無秩序しかもたらさないのです。(中略)この街において、音は言葉に対して痛々しいほど優位を誇っています。(p.103)
才能がないことを姉はわかっているだけに、落胆します。
妹は、15歳で新人向けの賞を二度受賞しています。
姉に目立った功績はありません。
父の関心も、ウィーンの人たちの関心も、妹に向けられます。
以下に興味がある人におすすめです。
- 姉妹格差
- 言葉
- 音楽
- 声
一言あらすじ
主人公は、妹の良き指導者を求め、音楽理論を専門にする父を訪ねる。父の住むウィーンでは、言葉よりも音に優位があり、周りの関心も妹ばかりに向く。
主要人物
- 有智子:主人公。翻訳の仕事をしている
- 真名:主人公の妹。新人向けの賞を受賞している15歳
姉と妹の共通点
姉と妹に共通するのは、「声」に惹かれるところです。
姉は考えます。
声こそが何ものかに成り変わる場合、言葉は声の要素として、音と共に深い安息へ到る。その瞬間、言葉の意味内容は背後に押しやられ、言葉の外面的な美しさや様々の特徴が前面に現れる。
声に魅力を感じると、言葉の意味以上に、声に耳を傾けるようになります。
魅力的な声であれば、その人が何を語るかは、あまり関係ないのでしょう。
手記の意図
姉は、言葉が絶対的だとは考えていません。
ウィーンに来てから、翻訳の仕事はせず、音楽や美術に触れています。
彼女は考えます。
言葉は精神の空隙を埋める手段に過ぎない、という着想が頭をもたげた。 ちょうど、全ての社会的活動が生の空隙を満たすために案出された事柄に過ぎないように。(p.116)
言葉に対して懐疑的です。
ですが、この作品の大半は、姉が書いた手記です。
父が言葉について語ります。
華麗な言い回しを編み出し、複雑な表現を使いこなすことに腐心すればするほど、言葉というものは底に穴の空いた器に等しい、不完全で出来の悪い玩具に過ぎない、と分かってくるものです。(p.115)
この作品(姉の手記)こそ、華麗な言い回しと複雑な表現が使いこなされています。
姉が言葉で父に反抗しているように思えます。
調べた言葉
- 超然:かけはなれているさま
- 風体(ふうてい):身なり
- 痩せぎす:痩せて骨ばって見えること
- 酷薄:むごくて思いやりがないこと
- 懸隔:かけ離れていること
- 気後れ:心がひるむこと
- かぐわしい:よいにおいがするさま
- 長広舌(ちょうこうぜつ):長々としゃべりたてること
- 受け口:下唇が上唇よりもつき出ている口
- 鈍重:反応や動作がにぶくてのろいこと
- 稚気:子供っぽいようす
- 包摂:ある範囲の中に包み入れること
- 醜聞:よくないうわさ
- 虚心:先入観やわだかまりがなく、心が素直であること
- 往時:過ぎ去った時
- 翻意:意思をひるがえすこと
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