いっちの1000字読書感想文

平成生まれの30代。小説やビジネス書中心に感想を書いてます。

『破局』遠野遥(著)の感想【不穏な語り手】(芥川賞受賞)

不穏な語り手

信頼できない語り手」という言葉があります。

主人公の語りが信頼できなく(嘘のようで)、読み手を惑わすことです。

『破局』の語りは、信頼できないというより、読んでいると不穏を感じます

主人公は、公務員試験を控えている大学4年生です。

高校まではラグビー部に所属しており、今はコーチとして高校で教えています。

大学の同級生からは優秀だと思われ、ラグビー部の顧問からは信頼を得ています

普通に付き合うなら、特段、不穏の要素はありません。

交際相手も途切れずに、別れては他の女性と付き合っています

では、何が不穏なのか。

  1. 人との距離感
  2. 見られること
  3. 見ること

です。

1.人との距離感について、知れない外国人の男に道を聞かれた主人公は、

私は男の左腕に触れながら喋っていたが、汗をかいていたから、控えたほうがよかった

汗をかいていなければ、知らない男の腕を触れてもいいと言わんばかりです。

2.見られることについて、主人公は、見知らぬ他者に見られてばかりです。

子供はなぜか、最初からずっと私の目を見ていた

カラスは道に落ちた何かの袋をつついていたが、それをやめ、私の顔を見た

端正な顔立ちの若い男がふたり立っていて、なぜか私を監視するようにずっと見ていた

そんなに見られていると感じるでしょうか。

3.見ることについて、主人公がテレビを見ていると、

強制わいせつの疑いで、巡査部長の男が逮捕されていた。

下着を盗んだとして、巡査部長の男が逮捕されていた。

女性用トイレに小型カメラを仕掛けたとして、巡査部長の男が逮捕されていた。

と、様々なところで巡査部長が逮捕されています。

そんなに巡査部長が捕まるでしょうか。

主人公の周りの景色はどうやら歪んでいるようです。

景色は歪んでも、人間の三大欲求(食欲、性欲、睡眠欲)には忠実です。

例えば性欲について、

私はもともと、セックスをするのが好きだ。なぜなら、セックスをすると気持ちがいいからだ。セックスほど気持ちのいいことは知らないセックスの機会を、私がみすみす逃したことはないだろう。

うんざりするほど、セックスという言葉を発します。

気掛かりなことが残ったままなのも、不穏です。

例えば、

  • 公務員試験の結果(もはや関係ないのかもしれませんが)
  • カフェラテを飲むと時々気分が悪くなる女の子が、後半カフェラテを飲んでどうなったのか(具合は悪くなっていないのでギャンブルに勝ったのでしょうが)

主人公の語りに、はぐらかされて終わります

結局何だったんだろうと、煙に巻かれた印象です。

欲に忠実な人間のはかなさを感じました。

便器のふたを上げたままトイレを出る人への怒りは、前作『改良』にも書かれていました

『改良』が良かっただけに、同じネタを使っているのが残念でした。

破局

破局

  • 作者:遠野遥
  • 発売日: 2020/07/04
  • メディア: Kindle版
 

調べた言葉

  • 剣呑:あぶないさま

第163回芥川賞の候補作、受賞予想はこちらです。

芥川賞受賞後に再読し、選評を読んだ感想はこちらです。