既視感のある通過儀礼
推しが燃えた。ファンを殴ったらしい。
で始まる物語は、勢いをそのままに、一気に駆け抜けます。
女子高生の主人公は、男女混合アイドルグループに所属する男性が、推しメンです。
推しが炎上し、
- 謝罪会見
- グループ内選挙で推しが最下位に転落
- 推しの熱愛発覚
- グループ解散
と、「見たことある」ような現実が描かれます。
あるあるを描きながら、違うと感じたのは、推しが男女混合グループのアイドルであることです。推しのグループには女性がいます。
ファンである主人公と推しと同じグループにいる女性では、推しへの物理的距離感が違います。
推しの見る世界を見たかった
と主人公は言いますが、推しの見る世界に近い女性がいることを、気にしているように見えません。
主人公は、発達障害気味です。進級できず、高校を中退します。
退学後の進路が決まらず、在学中からのバイトはクビになります。
そんな主人公が一人称の作品ですが、語りやブログの文章のうまさが気になりました。三人称だったらわかるんですが、
- 主人公の発達障害気味な感じと、
- 語りやブログの文章レベルが、
合っていなく感じるのです。
特に、主人公の書くブログは読ませる文章で、主人公が書いているようには読めず、著者が顔を出しているようです。
主人公の唯一の生きる意味である、推しが芸能界から引退した後、主人公は推しのマンションを遠くから眺めます。家に帰って騒ぎ立て、物語は終わります。
私が読みたいのは、その後なんです。
推しという生きる意味を失った主人公が、どうなっていくのか知りたいのです。
- あっさり推し変するのか
- 推しの芸能界復帰に尽力するのか
- 推し活を引退し、進学や就職を目指すのか
など、推しがいなくなった世界で、主人公がどうもがいて生きていくのかを見たいのです。推しを推す熱が奪われた後、主人公の熱はどうなるのか。
大抵の人間は、推しの不在をある程度引きずってから、折り合いをつけて生きていくでしょう。誰かのファンになって、何かしらの理由でファンでなくなるのは、通過儀礼みたいなものですから。
ですが主人公ならどうなるのか。次なるステージが少しでも描かれれば……。
また、タイトルの「燃ゆ」って何でしょう。
「燃ゆ」という古めかしい言葉がどこに掛かっているか、わかりませんでした。「推し、燃える」や「推し、炎上」ではいけなかったのか。
と、ネガティブな点を挙げましたが、光るところもあります。
例えば、冒頭の推しメンが炎上したとき、主人公の携帯に、
無事? メッセ―ジの通知が、待ち受けにした推しの目許を犯罪者のように覆った。
目に浮かび、笑いました。
主人公がSNSで送信した後、
隣からいいねが飛んでくる
と、隣にいる友人からの反応の描き方がうまいです。
「推し」や「炎上」を小説に取り入れたのは新しいし、時代に合った作品だと思います。
ただ、宇佐見さんの作品を読んだときに私が感じる「こんな文章書けるなんてすごい!」が、「推し」や「炎上」という大衆的なものに飲み込まれてしまっています。
「推しを推している私の気持ちが書かれててすごい」と読者に共感されるだけの作家ではないと、私は思っています。
調べた言葉
- 謗(そし)る:人のことを悪く言う
- 居竦(いすく)まる:恐ろしさなどのために、その場に座ったまま動けなくなる