いっちの1000字読書感想文

平成生まれの30代。小説やビジネス書中心に感想を書いてます。

『推し、燃ゆ』宇佐見りん(著)の感想【既視感のある通過儀礼】(芥川賞受賞)

既視感のある通過儀礼

推しが燃えた。ファンを殴ったらしい

で始まる物語は、勢いをそのままに、一気に駆け抜けます。

女子高生の主人公は、男女混合アイドルグループに所属する男性が、推しメンです。

推しが炎上し、

  • 謝罪会見
  • グループ内選挙で推しが最下位に転落
  • 推しの熱愛発覚
  • グループ解散

と、「見たことある」ような現実が描かれます。

あるあるを描きながら、違うと感じたのは、推しが男女混合グループのアイドルであることです。推しのグループには女性がいます

ファンである主人公推しと同じグループにいる女性では、推しへの物理的距離感が違います。

推しの見る世界を見たかった

と主人公は言いますが、推しの見る世界に近い女性がいることを、気にしているように見えません

主人公は、発達障害気味です。進級できず、高校を中退します。

退学後の進路が決まらず、在学中からのバイトはクビになります。

そんな主人公が一人称の作品ですが、語りやブログの文章のうまさが気になりました。三人称だったらわかるんですが、

  • 主人公の発達障害気味な感じと、
  • 語りやブログの文章レベルが、

合っていなく感じるのです。

特に、主人公の書くブログは読ませる文章で、主人公が書いているようには読めず、著者が顔を出しているようです。

主人公の唯一の生きる意味である、推しが芸能界から引退した後、主人公は推しのマンションを遠くから眺めます。家に帰って騒ぎ立て、物語は終わります。

私が読みたいのは、その後なんです。

推しという生きる意味を失った主人公が、どうなっていくのか知りたいのです。

  • あっさり推し変するのか
  • 推しの芸能界復帰に尽力するのか
  • 推し活を引退し、進学や就職を目指すのか

など、推しがいなくなった世界で、主人公がどうもがいて生きていくのかを見たいのです。推しを推す熱が奪われた後、主人公の熱はどうなるのか。

大抵の人間は、推しの不在をある程度引きずってから、折り合いをつけて生きていくでしょう。誰かのファンになって、何かしらの理由でファンでなくなるのは、通過儀礼みたいなものですから。

ですが主人公ならどうなるのか。次なるステージが少しでも描かれれば……。

また、タイトルの「燃ゆ」って何でしょう

「燃ゆ」という古めかしい言葉がどこに掛かっているか、わかりませんでした。「推し、燃える」や「推し、炎上」ではいけなかったのか。

と、ネガティブな点を挙げましたが、光るところもあります。

例えば、冒頭の推しメンが炎上したとき、主人公の携帯に、

無事? メッセ―ジの通知が、待ち受けにした推しの目許を犯罪者のように覆った

目に浮かび、笑いました。

主人公がSNSで送信した後、

隣からいいねが飛んでくる

と、隣にいる友人からの反応の描き方がうまいです。

「推し」や「炎上」を小説に取り入れたのは新しいし、時代に合った作品だと思います。

ただ、宇佐見さんの作品を読んだときに私が感じる「こんな文章書けるなんてすごい!」が、「推し」や「炎上」という大衆的なものに飲み込まれてしまっています

「推しを推している私の気持ちが書かれててすごい」と読者に共感されるだけの作家ではないと、私は思っています。

推し、燃ゆ

推し、燃ゆ

 

調べた言葉

  • 謗(そし)る:人のことを悪く言う
  • 居竦(いすく)まる:恐ろしさなどのために、その場に座ったまま動けなくなる