ロックスターの配偶者
後半からの熱量が凄い作品です。
すばる文学賞の選評で、川上未映子さんは、
何よりもラストシーン。評価を忘れただ物語を読む者として深く胸打たれた
と書いています。
主人公は11歳のとき、イギリスのロックバンドのボーカルに恋をします。
三十二歳でこの世を去った、伝説のロックスター
主人公が彼の存在を知ったとき、彼はすでに亡くなっていました。
主人公の父は、
- 失業して手首を切り、
- 妻が出て行って再び手首を切ります。
主人公の母が出ていった後、父は、
今日からこの家のお母さんだよ
と言い、ブラジル人の女性が一緒に住むようになります。
ブラジル人の女性は、妊娠が発覚すると、里帰り出産するために家を出ていきます。
父は、主人公の膨らみ始めた胸をわしづかみし、性的虐待が始まります。
主人公は悲惨な境遇にいるのですが、重すぎないトーンで語られるため、読んでいて気分が落ちすぎません。
被害者である自分を「かわいそうな私」みたいな書き方をしていないからでしょう。
主人公は、恋をしたロックスターとの妄想にふけります。妄想は自宅だけにとどまりません。
例えば、化粧品売り場で、主人公が口紅を万引きしようとしたとき、ロックスターの声が頭の中から聞こえてきます。
君にもっと似合う色の口紅を知っているよ
と、化粧品の売り尽くしセールの場所へ導かれます。主人公は万引きせずに、リップクリームを買います。
ロックスター以外の人物も、主人公の脳内に出てきます。
咳き込むと口の中から父が出てきた。
この登場の衝撃! 図らずも笑ってしまいました。
父は勢いあまって転がったが、体操選手のような乱れのないフォームで起き上がり、襲いかかってきた。
恐ろしいことなのに、どこかポップさを感じます。
厳しい現実から逃避するために妄想するという二重構造は、ありがちな感じですが、この作品は、「ロックスターの伝記」が加わって、三重構造になっています。
前半退屈だった「ロックスターの伝記」が、主人公の妄想と相まって、主人公の現実を支えるものとして立ち上がります。
主人公の単なる妄想ではなく、主人公が「ロックスターの伝記」に入り込んだ存在として読める箇所もあります。
主人公がロックスターの墓参りをするのが、現実に墓を訪れるのではなく、妄想で行うというのが、主人公らしいです。
『コンジュジ』の意味は、ポルトガル語で「配偶者」だそうです。
著者の木崎さんはインタビューで、
主人公が最後に結婚する話にしようと思い、
『コンジュジ』というタイトルを付けたそうです。
主人公は妄想内であっても、ロックスターの墓に入ったことで、ある意味ロックスターの配偶者になったと言えるでしょう。
最後まで気になったのは、紋切り型の表現です。全体的に読みやすい文章ではありますが、決まり切った言い回しが目についてしまいました。
それでも、最後まで読んで良かったと思う作品でした。
調べた言葉
- 辣腕(らつわん):物事をてきぱき処理する能力のあること
- 朗々:声などが、高くすきとおるさま
- 胆力:物事に恐れない気力
- 座持ち:その場をさまさないよう客をもてなすこと
- 毅然:意志がしっかりしていて、ものに動じないさま