メモを読み上げる店員
「とんこつ」は町の中華料理屋です。
メニューに「とんこつラーメン」はありません。
なぜ、店の名前が「とんこつ」かというと、元々店の名前は「とんこう」で、店の看板の「う」の上部分がはがれ、とんこ「つ」に見えたからです。
店を切り盛りするのは、大将と、小学生の息子です。大将の妻(息子の母)は亡くなっています。
主人公の女性は、店のバイト募集の張り紙を見て、店に入ります。
その日に採用され、翌日から働き始めるのですが、主人公には問題がありました。
わたしは「いらっしゃいませ」と言うことすらできなかった。「いらっしゃいませ」を言えないわたしは、「ありがとうございました」も言えなかった。空いたお皿を下げることも、注文を取りにいくこともできなかった。
仕事の全くできない主人公を、大将や息子は責めません。慰め、励まします。
主人公は、どうしたら「いらっしゃいませ」を言えるか悩み、やがて発見します。
書かれた文字を「読む」ことならできる
主人公がメモに「いらっしゃいませ」と書くと、「いらっしゃいませ」 と言えました。
メモに書いて読めばいいという発見をした主人公は、メモを一冊のノートにまとめます。ノートの表紙に、「とんこつQ&A」と書きました。
ノートが完成すると同時に、主人公はメモなしで接客できるようになります。
主人公の接客は上達し、店は繁盛します。
もう一人、接客のバイトを雇ったのですが、そのバイトの女性も全く仕事ができません。かつての主人公と同じです。
いら立つ主人公ですが、大将も息子も、バイトの女性を責めません。
「とんこつ」の人間は、仕事のできない人を責めたりしない。
バイトの女性は、9時間の労働時間のうち、8時間は壁に寄りかかってぼーっとしていて、残り1時間は休憩です。
なぜ、それが許されているのでしょう。
大将と息子は、バイトの女性を、亡くなった妻(母)に見立てていました。
バイトの女性は、亡くなった妻(母)と同じ大阪出身だったので、言葉のイントネーションがそっくりです。
バイトの女性は、「とんこつQ&A」に書かれた文字を読み上げることはできます。
大将と息子は、妻(母)の口調に寄るように、「とんこつQ&A」をバイトの女性に読ませていました。
――そう! それがお母さんの笑い方だよ。じゃもう一回行くよ。
(中略)
次は、おれのこと、……お父さん、って言ってみてください。
――お父さん。
――なんだい、お母さん。
主人公も、かつては大将の妻(息子の母)の役割を担う候補でしたが、次なる候補(バイトの女性)が現れ、候補から外れます。
候補からは外れましたが、大将も息子も、主人公をクビにしません。
息子は主人公に言います。
ボクらのために、これからもずーっとずーっとずーっと、ここ、””とんこつ””にいてね!
主人公は、大将の妻(息子の母)の役割は果たせませんでしたが、仕事は何でもできるようになっていました。
感想②はこちらです。