思考から離れられる場所
大阪に住む40歳過ぎの女性が、一人語りしています。
パートナーらしき男性に語っているようですが、誰なのか、生きている人への語りなのかは不明です。
私はただの地味な、真面目な、あんまりよう喋らんけどひとに気ばっか使ってる事務員
と、言いつつ、作中では主人公がずっと喋っています。
私は二十年ぐらいここの事務所に勤めるあいだに、気を使う、ということも含めて、そういう仕事をたくさん覚えていって、だから正職員になったんやと思う。
派遣職員で働いていた主人公は、契約職員を経て、正職員になりました。それは主人公の、自慢できる一つの(唯一の)ことなのかもしれません。
主人公は、
私、子どもできへんような気がする
子ども、たぶん、できへんと思う
と、子どもができないことを繰り返し言います。なぜかはわかりません。
主人公には、生まれてこなかった姉がいました。小さい頃、母から教えてもらいました。
死ぬ、ということがどういうことかは、子どものころからいろいろ想像してたけど、生まれてこないということがどういうことかは、もう子どもの頭では想像もできなかった。
主人公は、空想で姉と一緒に行動し、会話をします。姉に、生まれてこない気持ちを聞きますが、返答は来ません。
生まれてこなかったのは私のほうだったかもしれない。
主人公の母はシングルマザーだったので、姉が生まれていたら、主人公は生まれなかったのかもしれないと、考えます。
主人公は、
- 子どもを生めないかもしれないこと
- 自分が生まれなかったかもしれないこと
という、自分ではどうすることもできないことを、悩みます。
主人公自身、どうしようもないことだとわかっています。なのに、考えてしまっています。
悩みの吐露を受けるパートナーは、何も言葉を発しません。読者である私も、どうすることもできません。どうしようもなさを痛感するだけです。
考えすぎなとき、主人公は海に行きます。
小さい波の切れ端がたくさん集まって、大きくなったり小さくなったり、浮かんだり沈んだりしてるのを見ると、はじめて私の脳は何にも喋らんようになる。しんと静かになって、ただそこにいるだけの私になる。
主人公は、海を離れたら、また同じように考え始めるのだと思います。
そうだとしても、何も考えなくて済む場所があるのは、主人公にとって救いでしょう。
どうしようもないことをいつまでも考えるのは無駄だから考えるな、と言うのは簡単です。ですが、実際考えないようにするのは難しい。
だから、主人公にとっての海(波)のように、一瞬でも思考から離れられる場所があるのは大切だと思いました。考え疲れた脳を癒してくれるでしょうから。
表題作『リリアン』の感想はこちらです。