いっちの1000字読書感想文

平成生まれの30代。小説やビジネス書中心に感想を書いてます。

『旅のない』上田岳弘(著)の感想【旅がないとは】(川端康成文学賞受賞)

旅がないとは

「旅のない」とは、普段耳にしない言葉です

「旅」について、「ない」とは言わないからです。

「旅のない」とは、主人公の出張先で会った男性が撮った、自主映画のタイトルです

主人公は、友人の起業した会社に勤めながら小説を書いている、兼業作家です

どんな作品を書いているのかと聞かれたときには、

村上春樹の二番煎じ的な芸風でやらせてもらってます」と答えるのが習いだが、若い人だとそれは通じないことがあって、その場合は「小難しい系の小説です。芸術系の」と答えている。

  • 友人の企業した会社に勤める兼業作家
  • 村上春樹の二番煎じ的な芸風
  • 小難しい系の小説(芸術系の)

から、主人公は、上田さん本人に近いように感じました

私は、作家が主人公の小説だと、途端に面白味に欠けると思ってしまいます。ネタがないのかと思ってしまうのと、作品に現実感を帯びてしまうからです。

ただ、本作は面白く読めました。

主人公が作家に近いからこそ、

  • 現実にあった話なのか
  • 創作なのか
  • どこが現実でどこが創作なのか

と、想像して読めたからです。

主人公は業務アプリを開発・販売している会社に勤めており、福岡に出張しています。

出張先からの帰り、福岡の販売代理店の男性の車で駅まで送ってもらいます。

販売代理店の男性は40歳くらいで、学生時代に、「旅のない」という自主映画を撮った人です

男性は、「旅のない」という映画について話します。

旅のない男は、いわば放浪しているわけですが、周囲からはそうは見えません。ちゃんとそこに帰る家があるように見えます。実際、仕事を終えるとちゃんとそこに帰ります。周囲からは普通の生活を送っているように見えるし、旅だって可能に見える。でも、そこは彼の家ではありません。なぜなら彼は逃げ続けているからです

旅のない男は、1、2年経つと別のところに移動し、その際には名前も捨てるようです。

販売代理店の男性もまた、旅のない男のようでした

  • 男は、販売代理店に勤めていなかった
  • 妻子持ちのように話していたはずなのに、妻子はいなかった
  • 名前も違った

わけがわかりません。

ただ、男が学生時代に撮ったという90分の映画は、本当のようです

男は、映画の続きを撮りたいと、主人公に言います。

主人公は交換条件を提示します。

このやり取りをもとに小説を書かせてください。それを発表するかどうかはどっちでもいい。(中略)約束をたがえた時には、ありのままの状態でどこかに発表する

約束とは、ネットにさらさないことです

小説は発表されましたので、男の映画がYouTubeなどにアップされたのかもしれません。

現実なのか創作なのか、わかりませんが、主人公が上田さん本人に近い分、リアルさが増します。

ですが、私にとって、本作が現実であろうが、創作であろうが、どちらでも構いません。どちらでも関係がないからです。

村上春樹の二番煎じ的な芸風、かつ小難しい系の小説でした

旅のない