旅がないとは
「旅のない」とは、普段耳にしない言葉です。
「旅」について、「ない」とは言わないからです。
「旅のない」とは、主人公の出張先で会った男性が撮った、自主映画のタイトルです。
主人公は、友人の起業した会社に勤めながら小説を書いている、兼業作家です。
どんな作品を書いているのかと聞かれたときには、
「村上春樹の二番煎じ的な芸風でやらせてもらってます」と答えるのが習いだが、若い人だとそれは通じないことがあって、その場合は「小難しい系の小説です。芸術系の」と答えている。
- 友人の企業した会社に勤める兼業作家
- 村上春樹の二番煎じ的な芸風
- 小難しい系の小説(芸術系の)
から、主人公は、上田さん本人に近いように感じました。
私は、作家が主人公の小説だと、途端に面白味に欠けると思ってしまいます。ネタがないのかと思ってしまうのと、作品に現実感を帯びてしまうからです。
ただ、本作は面白く読めました。
主人公が作家に近いからこそ、
- 現実にあった話なのか
- 創作なのか
- どこが現実でどこが創作なのか
と、想像して読めたからです。
主人公は業務アプリを開発・販売している会社に勤めており、福岡に出張しています。
出張先からの帰り、福岡の販売代理店の男性の車で駅まで送ってもらいます。
販売代理店の男性は40歳くらいで、学生時代に、「旅のない」という自主映画を撮った人です。
男性は、「旅のない」という映画について話します。
旅のない男は、いわば放浪しているわけですが、周囲からはそうは見えません。ちゃんとそこに帰る家があるように見えます。実際、仕事を終えるとちゃんとそこに帰ります。周囲からは普通の生活を送っているように見えるし、旅だって可能に見える。でも、そこは彼の家ではありません。なぜなら彼は逃げ続けているからです。
旅のない男は、1、2年経つと別のところに移動し、その際には名前も捨てるようです。
販売代理店の男性もまた、旅のない男のようでした。
- 男は、販売代理店に勤めていなかった
- 妻子持ちのように話していたはずなのに、妻子はいなかった
- 名前も違った
わけがわかりません。
ただ、男が学生時代に撮ったという90分の映画は、本当のようです。
男は、映画の続きを撮りたいと、主人公に言います。
主人公は交換条件を提示します。
このやり取りをもとに小説を書かせてください。それを発表するかどうかはどっちでもいい。(中略)約束をたがえた時には、ありのままの状態でどこかに発表する
約束とは、ネットにさらさないことです。
小説は発表されましたので、男の映画がYouTubeなどにアップされたのかもしれません。
現実なのか創作なのか、わかりませんが、主人公が上田さん本人に近い分、リアルさが増します。
ですが、私にとって、本作が現実であろうが、創作であろうが、どちらでも構いません。どちらでも関係がないからです。
村上春樹の二番煎じ的な芸風、かつ小難しい系の小説でした。