視覚障害者の兄と二人暮らし
主人公は、大学を中退した後、兄と一緒に住んでいます。
兄は目が見えないので、主人公が手助けしています。
兄弟の生計は、兄が立てています。
兄は仕事をし、主人公は家事をします。
兄は出勤前に、窓を開ける習慣があります。
顔とか瞼に光や熱が当たるかどうかで、どのくらい晴れてるのか分かるっちゃん。
目の見えない兄は、自分の顔に当たる光や熱で、天気を判断します。
ある日、主人公が窓を開けると、独特の強い臭いが入ってきます。
アパートのごく近い場所で人間が死んだこと、そして腐りだしているらしいことを確信した
主人公が死んだ人間の臭いをかぎ分けられるのは謎ですが、実際に人間が死んでいたようです。
窓を開けると、否応なく外の世界が入ってきます。
窓を閉めると、外の世界を遮断できるかもしれません。
ですが、窓を閉めて外の世界と遮断して生きることは、可能なのでしょうか。
タイトルが「窓」なだけに、窓について考えながら読みました。
主人公は、家事や兄の世話をする一方で、小説を書いています。年一回、文学賞に応募しています(古川さん自身に近い人物として読めます)。
大学の後輩から、小説のプロットが送られてきます。
後輩の小説のプロットは、優生思想を下敷きにして書かれたものでした。
「他者の助けを受けないで生きていくことの困難な者」は隔離され、自由意死の名の下に殺される社会。
主人公は、後輩のプロットに嫌悪感を抱きますが、後輩には言えません。
優生思想を下敷きにして小説を書くよう勧めたのは、主人公でした。
その後、相模原市で障害者を殺傷した事件が起きます。
- アパート近くの悪臭や事件
- 優生思想
- 相模原での障害者殺傷事件
これらは、主人公が、障害者である兄に見せたくないものでした。
同時に、
兄に見せないというのが口実にすぎず、ほんとうに見たくないのは自分の方なのだ。兄を守ってやろうとしている自分には、ひそかに、自分同様に兄にも社会から遠ざかっていてほしいという願望があるのではないか?
生計を立てる兄が社会から遠ざかったら、主人公が今の暮らしを続けるのは厳しくなるでしょう。
それでも、兄が働いたり友人と遊んだりして社会と繋がることを、主人公は恐れているのかもしれません。
中学生の頃の兄は、介助されなければ生きられない存在でした。
介助するのは主人公で、その点において、主人公は存在意義を感じられたのでしょう。
主人公が、兄の足を引っ張ってるようには見えません。
しかし、「自分同様に兄にも社会から遠ざかっていてほしいという願望」というのは、中学生の頃の兄のような「介助されなければ生きられない存在」でいてほしい気持ちが、主人公に少なからずあると思います。
社会に出て金を稼ぐ兄と比べて、主人公はどうでしょうか。
悪く言えば、兄の働いた金で酒を飲み、食っちゃ寝の生活です。
後輩の優生思想の小説で排除される側(「他者の助けを受けないで生きていくことの困難な者」は隔離し殺される側)は、目の見えない社会人の兄ではなく、健常者で無職の主人公だと、思ってしまいました。
社会人の兄は、主人公がいなければ生きていけない存在ではありません。
主人公でなくとも、ヘルパーさんを雇ったり、親に頼んだりすれば、兄は生活を続けられるでしょう。
兄が友人に「窓の外の悪臭」を話すのを、主人公は聞きます。主人公の思っている以上に、兄は「窓の外」を理解していると、気付きます。
兄が窓を開けて「晴れてるみたいだ」と言った空は、一面曇りでした。
主人公の目には一面曇りに見える空でも、光や熱で感じ取った兄は、晴れだと判断しました。そこが良いです。
主人公は、
寄り添う相手の生き死にを、自らは左右しえない。
(中略)兄と無関係で、しかも兄にとって良いことを、自分は何ができるか
と考えます。
幸い主人公は、小説の新人賞を受賞し、社会とつながることができました。
主人公が小説を書き続けられたのは、生計を立てる兄の力もあったでしょう。
兄は、主人公と無関係で、しかも主人公にとって良いことを、ずっとやっていたのだと思いました。