戦争から帰ったら別人に
戦争は人を変えると言います。
その言葉どおり、戦争から帰ってきた男の見た目が、別人になっていました。
見た目は明らかに別人なのに、男の両親も、男の妻も、さほど気にしていません。
むしろ、帰ってきたのがありがたいと、男の両親は涙を流します。
ですが男の知り合いは納得できず、同一人物なのか別人なのか探るよう依頼をします。
依頼を受けた主人公が、戦時中に男と関わった人たちに話を聞いてまわります。
話を聞いた一人が言います。
『あれ』(戦争)で変わらなかった人間が、日本にいるんですかねえ(p.18)
戦争は、誰もを変えたのだから、見た目が変わるのも当たり前だということです。
その男は本物なのか、偽物なのか。
以下に興味がある人におすすめです。
- 戦争
- 美術
- 本物と偽物
- 謎解き
一言あらすじ
戦争から帰って見た目が別人になった男。同一人物なのか別人なのか明らかにするよう依頼を受けた主人公。その男の関わりのある人たちから話を聞きながら、真相を探る。
主要人物
- 私:主人公。見た目が別人になった男について、依頼を受けた記者
- タエ:見た目が別人になった男の妻
本物か偽物かなんて関係ない
戦争で物が奪われていく時代、偽物か本物かよりも、物があるかどうかが大事だったそうです。
偽物だろうが本物だろうが、それが物としてあるのが大事なんです。檀家さんや宿、偉人の生家や資料館の客人がそれを偽物だと思い知りながら見物する必要がありますか?(中略)金を払って見たものなのに、賽銭を入れてしまったのにと、詐欺だ、ペテンだ、イカサマだと文句をつけたところで一体なにになりますか。(p.27)
飛躍しますと、戦争から帰って見た目が別人になった男も、同一人物であれ別人であれ、帰ってきたのだから良いと言えるのかもしれません。
その男は、お見合い後すぐ戦争へ行ったので、妻であるタエは、戦争に行く前の男のことをほとんど知りません。
ですが、見た目が別人になって帰ってきた男のことなら知っています。
戦争に行く前と後で、仮に男が別人になったとしても、タエからしたら本物の夫と変わりないのです。
本物でも不必要なもの
本物であれ偽物であれ、物としてあるのが大事な時代ですが、本物でも不必要なものはあります。
使う当てのない、外国のお金です。
偽物ではないのですが、この国では鼻紙ほどの役にも立ちません(p.43)
と、 タエは、丘の上から外国のお札をさらさらと飛ばしていきます。
不必要である本物のお札を捨てていく描写が美しいです。
高山さんの作品で、一番おすすめです。
調べた言葉
如何様(いかさま):いかにも本当らしく見せかけること
殺伐:すさんでいること
尊大:偉そうにすること
不遜:思い上がっていること
きな臭い:うさんくさい
ねめつける:にらみつける
寛解(かんかい):病気の症状が、一時的または永続的に軽くなること
申しひらき:そうせざるを得なかった事情を説明すること
糊口(ここう):ぼそぼそと暮らしを立てること
詭弁:道理に合わないことをもっともらしくこじつける、巧みな弁論
邪(よこしま):正しくないこと
第41回野間文芸新人賞の候補作についてはこちらです。