いっちの1000字読書感想文

平成生まれの30代。小説やビジネス書中心に感想を書いてます。

『逃亡者』中村文則(著)の感想【悪魔の楽器トランペット】

悪魔の楽器トランペット

フリージャーナリストの主人公は、熱狂と称されるトランペットを隠し持っていました。

そのトランペットは、第二次世界大戦中、劣勢だった日本軍を熱狂させ、米軍に奇襲を食らわせたという逸話がありました。

魔力的な音色を奏でるトランペットを、ドイツのアパートで隠し持っていた主人公は、ある組織に追われます。

組織の男「B」に、主人公は見つかります。

Bは、主人公に3つの選択肢を与えます。

まずⅠは、死ぬことだ。でも普通の死ではない。

(中略)

二つ目の選択肢、Ⅱの呪いとはつまり、本当の呪いだ。君をここで自由にする代わりに、君の運命を規定する。

(中略)

三つ目のⅢは(中略)生まれ変わりだ。君がこの世界において、最もなりたくない存在になってもらう。

主人公=逃亡者です。

逃亡者になった主人公の経緯、悪魔の楽器トランペットの歴史が、戦争と宗教を中心に語られます。 

逃亡者

逃亡者

  • 作者:中村 文則
  • 発売日: 2020/04/16
  • メディア: 単行本
 

物語の在り方

物語について、

正義は勝ち、努力は報われ、悪をすればすっきり罰せられる社会の方が良い。

広く広がる物語は、この原則に沿って作られているそうです。

例えば、

  • 物語:メイドが貴族の妻にフォークを突き刺され、追い出される。メイドはそのフォークを使って描いた絵で金を稼ぐ
  • 実話:メイドがテーブルからフォークを落とし、貴族の妻に怒鳴られる。家を出たメイドは、山賊に襲われて死ぬ

やりきれない実話を、努力で現実を克服した物語に変えることで、人々は救われます。

一方、うまくいかないのは努力が足りないからだという解釈もされます。

人々は実話を物語に改変し安心した。自分達が追い出したメイドもきっと上手くやってると。むしろその後上手くいかないのは、メイド達の努力が足りないからだと。

第二次世界大戦中のトランペットの演奏も、物語と実話で違います。

  • 物語:劣勢だった日本軍が熱狂し、米軍に奇襲を食らわせた
  • 実話:女を襲う日本軍の狂気を音にした

トランペットの演奏者は苦悩します。

皆が望む曲を演奏することが、本当にいいことなのか

曲だけではない。内地では、本当の戦況は伝えられず、皆が喜びそうなものだけを、ニュウスで伝えているらしい。

物語だと提示した上で実話を改変しないと、実話を知ることはできません。物語が実話として受け取られてしまいます。

戦時中に本当の戦況を伝えないのは、物語への改変ではなく、虚構です。

受け取る側は、実話を知る由がないので、伝えられた虚構を真実として受け取らざるを得ません。

トランペットの演奏はどうでしょう。

虚構というより、そうであってほしいという現実が見せた幻のような気がします。

逃亡者

逃亡者

  • 作者:中村 文則
  • 発売日: 2020/04/16
  • メディア: 単行本
 

調べた言葉

  • 諜報:敵情をひそかに探って味方に知らせること
  • 慰問:見舞ってなぐさめること
  • 宣撫:占領地区で、占領軍の方針・政策などを知らせて人心を安定させること
  • 迷信:科学的根拠がなく、社会生活に実害を及ぼすことが多いとされる信仰
  • 穏健:おだやかでしっかりしているさま
  • 檀家(だんか):一定の寺院に属し、金や物を寄付して、その寺院の維持を助ける信徒の家
  • 帰依:神仏を信仰してすがること
  • 工作員:諜報活動など、秘密裏の活動をする人
  • たぎる:感情が激しくわき上がる
  • 述懐:真鍮の思いや思い出を述べること
  • 蜂起:多くの者がいっせいに暴動・反乱などの行動を起こすこと
  • 論客:議論の好きな人、よく議論する人
  • 殉教:信仰する宗教のために自分の命をささげること
  • 流杯(りゅうはい):辺地や離島に追いやる刑罰
  • 喜捨:困っている人に、進んで金品を寄付すること