いっちの1000字読書感想文

平成生まれの30代。小説やビジネス書中心に感想を書いてます。

『ニムロッド』上田岳弘(著)の感想【駄目な人間、完全な人間】(芥川賞受賞)

駄目な人間、完全な人間

主人公はサーバーのサポート業務をしていますが、社長から、仮想通貨を採掘する業務を言い渡されます

新設される課で、主人公は名ばかりの課長昇進ですが、

新しいことに取り組むのは何にせよ楽しみ

と、仮想通貨のマイニングに意欲的です。

主人公は、使っていないサーバーマシンを使って、月に約20万の収益を稼ぎ出し、無から金を生み出します。

主人公と近しい存在に、

  • 小説の新人賞の最終選考で3回落ちた、会社の先輩
  • 週1回会う、外資系証券会社勤務の女性

がいます。全員30代後半で、独身です。

会社の先輩は、鬱で会社を休職した経験があり、証券会社勤務の女性は、出生前診断で子供に異常が見つかり、産まなかった経験があります。

主人公には、突然目から涙が流れ出る謎の現象が起きます。

先輩はときおり、「ダメな飛行機コレクション」というネット記事と、それについての考察を、長文のメールで送ってきます。

駄目な飛行機があったからこそ、駄目じゃない飛行機が今あるんだね。でも、 もし、駄目な飛行機が造られるまでもなく、駄目じゃない飛行機が造られたのだとしたら、彼らは必要なかったということになるのかな

これは人間の話にもつながります。

僕たちは駄目な人間なんだろうか? いつか駄目じゃなくなるんだろうか? 人間全体として駄目じゃなくなったとしたら、それまでの人間たちが駄目だったということになるんだろうか? でも駄目じゃない、完全な人間ってなんだろう?

先輩は、「駄目」と「完全」を考えながら、小説を書いています。

駄目な人間って何でしょう。完全な人間って何でしょう。

仮想通貨のように、多くの人から承認されたり必要とされたりする人間は価値があり、完全な人間なんでしょうか。

確かに、多くの人に承認され必要とされる人間には価値があるでしょう(承認されず必要とされない人間に価値がないわけではありません)。

ただ、価値のある人間が、完全な人間かというと、違う気がします。価値がある人間にも、駄目な部分はあるでしょうから、完全とは言えません。

先輩から送られてくるメールが、「ダメな飛行機コレクション」から「小説」に変わります。

その小説内では、人間が個であることをやめます

生産性を最大限に高めるために彼らは個をほどき、どろどろと一つに溶け合ってしまった。個をほどいてしまえば、一人ひとりのことは顧みずに、全体のことだけを考えればいいからね。

これこそが、完全な人間なのでしょう。

ヱヴァンゲリヲンの人類補完計画を思い出しました。人間たちがどろどろに溶け合った海……。

ただ、生産性のため、全体のために、個である自分を犠牲にする精神はわかりません

生産性を高めるために完全になる精神こそが、不完全に思えます。不完全だからこそ全体という完全を目指すのは、理にかなってはいますが。

理にかなっているのになぜ違和感があるかというと、完全を目指す手段です。

完全になるためにどろどろに溶け合うくらいなら、人間(私)は、不完全なままでいいです。駄目な飛行機のままでいいと、思いました。

ニムロッド (講談社文庫)

ニムロッド (講談社文庫)

  • 作者:上田岳弘
  • 発売日: 2021/02/16
  • メディア: Kindle版
 

調べた言葉

  • 彼我(ひが):相手と自分
  • 滋味:栄養があってうまい食べ物
  • 造作:めんどう
  • 蕩尽:財産などを使い果たすこと