世界はぼくを傷つけることができない
主人公は、定職に就かず、アルバイトで生計を立てています。
何をすればいいのだろう。仮に、とりあえず、今のところは、しばらくの間は、アルバイトでもして様子を見る。
淡々とバイトを続けていると、かつてのバイト仲間から、事業に誘われます。
三か月ほど集中的にお金を作る仕事をする。早い話が、それを手伝ってほしいんだ。普通に働いて稼ぐ額ではなくて、いかにもお金を作るという種類の仕事だ。
(中略)
理由があって、この仕事ではぼくの名前をおもてに出すことができない。だから、この仕事は全部きみの名前でやってもらう
怪しい仕事に誘われた主人公。
主人公と元バイト仲間は、飲みに行く間柄ですが、仕事やお互いの込み入った話はしたことがありません。
普通なら断りそうですが、主人公は仕事を引き受けます。
その頃のぼくは妙な話をすべて歓迎するような心境にあった。自分と周囲の間にある一定の距離があって、何をするにせよぼくはその距離のところから周囲の世界を観察している。(中略)どんなことになってもぼくを巡る世界はぼくを傷つけることができない。そういう自信があった。
自分の人生を、まるで他人事のように観察しています。
「自分」はあくまで世界の観察者で、元バイト仲間を含めた「世界」から傷つけられることはない自信を持っています。
どこからそんな自信が湧いてくるのかわかりません。
主人公は、1年以上続いたアルバイトを離れ、元バイト仲間の仕事に巻き込まれていきます。
詩的なセリフ、読んでて心地よい文章に興味がある人におすすめです。
世界=元バイト仲間
よく知らない元バイト仲間から怪しい仕事を頼まれ、受けるでしょうか。
それに、元バイト仲間はなぜ主人公を誘ったのでしょうか。
冒頭の詩的な文章が引っかかります。
世界ときみは、二本の木が並んで立つように、どちらも寄りかかることなく、それぞれまっすぐに立っている。
きみは自分のそばに世界という立派な木があることを知っている。それを喜んでいる。世界の方はあまりきみのことを考えていないかもしれない。
主人公と元バイト仲間以外の人物は、ほとんど出てきません。
主人公にとって今の世界=元バイト仲間だと考えたとき、「世界(元バイト仲間)はあまり主人公のことを考えていないかもしれない」のです。
それなのに、主人公はなぜ、世界(元バイト仲間)から傷つけられることはないと、自信を持って仕事を受けたのでしょう。
「二本の木が並んで立つように」、相手に期待も依存もせず、生きるヒントを模索する一つとして、引き受けた気がします。
物語の構成よりも、文章やセリフがまとう雰囲気に、心地よさがあります。
調べた言葉
- 因業(いんごう):頑固で思いやりがないこと
- 食客(しょっかく):居候
- 花曇り:桜が咲く頃、空が薄く曇っていること
併録されている『ヤー・チャイカ』の感想はこちらです。