切ない青春小説
主人公は、著者と同姓同名の山下スミト、19歳です。
主人公は、高校を卒業しアルバイト生活を送っていたところ、家に間違えて配達された新聞で募集記事を見て、応募しました。
俳優と脚本家、脚本家というものが何なのかよくわからなかったので辞書で調べた、を目指すものを育てる知らない名前の人の主宰する場で、馬の世話をするというのと、生まれて育った土地から遠く離れたとこにあるというのと、入学金や授業料が一切かからないというのにひかれて応募して試験を受けたら受かった。
文体が特徴で、上記の引用「脚本家というものが何なのかよくわからなかったので辞書で調べた」のように、主人公の思考内容が、間に入っています。
著者の山下さんは、富良野塾の二期生だったようです。主人公の名前を、著者と同姓同名にしていることから、富良野塾をベースにしていると読みとれます。
ただ、
すべては作り話だ。遠くて薄いそのときのほんとうが、ぼくによって作り話に置きかえられた。置きかえてしまった
とあります。ここでいう「ぼく」とは、著者の山下さんか、大人になった主人公でしょう。同一人物とも言えます。その人が、ほんとうを作り話に変えたと言っているので、起きている出来事は、ほとんどフィクションかもしれません。
読者としては、ほんとうでも作り話でも、どちらでも構いません。面白ければそれでいいです。
とはいえ本作は、面白いというより、切ないです。
俳優になりたかったのかどうなのかはわからない
主人公が、応募して受かった先は「しんせかい」のはずでした。俳優や脚本家を目指す人たちが、【谷】と呼ばれる場所で、自給自足の共同生活をする点では、確かに「しんせかい」でした。
ですが、何者かになれる気配はありません。
それどころか、仲の良かった女の子と、離ればなれになります。文通を始めるので、彼女の状況はわかるのですが、遠くにいる主人公は何もできません。彼女から、結婚し、子どもができるという報告を受けても、何もできません。
生徒たちは、演技や脚本を教えてくれる先生から、判断されることを怖がります。主人公も例外でなく、先生から「向いていない」と言われることを恐れます。
これだけやって「向いていない」といわれれば、やっぱりそれなりに傷つくかもな、と思うぐらいには、ぼくもここの何かに、いつの間にかきちんと染まってはいた。しかしぼくは俳優というものに、なりたくなっていた、わけではなかった。なりたくなくなっていたわけじゃないのなら「向いていない」といわれても傷つく必要はない。なのにそう思っていたのだ。
そこでどうにかなろうとは思ってはいなくても、先生から評価はされておきたい気持ちは、よくわかります。
【谷】での共同生活は2年ですが、本作で描かれるのは1年だけで、もう1年のことは、
それから一年【谷】で暮らした。一年後【谷】を出た。
と、一言だけで片づけられています。
何かを求めて「しんせかい」に飛び込んだ若者が、思うものを得られずに「しんせかい」を出た切なさを、感じました。