冒頭乗り切れば面白い
冒頭を読んだとき、挫折しそうでした。
誰が何を語ってる何の話なのか、全くつかめなかったからです。
途中で、しんどさから解放されます。
- 主人公が経理の仕事をしており、相手先の会社に、本来の1000倍の金額を振り込んでしまったこと
- 割を食ってる上司(チームリーダー)が、なぜか主人公をかばってくれてること
- チームリーダーが、主人公のジャケットを勝手に着て暴れた末に、弾けたボタンを食べたこと
あたりから、面白くなってきます。
職場におけるカオスな状況が、情景として浮かんできます。
チームリーダーの暴走についていく部下たちも狂ってて、笑えます。
結果的に、最後まで読んで良かったです。
本作は新人賞応募作なので、下読みの方が、冒頭を読んで落選とする可能性もあったはずです。
しかし、冒頭で切られてないので、文藝賞の下読みの方は最後まで読んだのでしょう。
文藝賞の選考に信頼感を得ました。
町田康さんが選評で、
冒頭から暫くの文章はこの人本来のリズムではなく、最近の文学賞受賞作を傾向と対策として導入したように見えたが成功していない。そこは、そこだけは宜しくなかった。
と書いており、角田光代さんは選評で、
昨今よく見られるラップ調の文体に警戒したが、こちらの予想をかんたんに裏切ってくる独創性が、どんどんスパークしていって、その意外性がおもしろかった。
と書いてます。
「最近の文学賞受賞作」や「昨今よく見られるラップ調の文体」で、大田ステファニー歓人さんの『みどりいせき』を思い出しました。
他の選考委員の方も、冒頭は評価してないようです。
主人公は32歳の女性で、経理の仕事をしてます。
仕事はできませんが、チームリーダーのフォローのおかげでなんとかやれてます。
チームリーダーは、主人公がペンギンに似てると言います。
そのペンギンの動画を主人公に見せたくて家に誘いますが、主人公はやんわり断ります。
ペンギンの動画を、職場で見ることになりました。
主人公に似てると言われたペンギンは、うまく泳げず溺れていく、可哀想なペンギンでした。
可哀想という言葉に宿る自己愛的な匂いを極力脱臭した上で言い換えれば、無惨
うまい言い換えだと思いました。
うまいだけでなく、くすっと笑える箇所もあります。
例えば、占いのできる同僚が、主人公に「友人は何人いますか?」と聞くと、
0人くらいです
と即答します。0人にくらいってつけてるのがおかしいです。
また、主人公は、チームリーダーが電車内で、他人のペンギン柄のリュックサックに頭突きしてる姿を見かけます。
社内でカリスマ的信頼を勝ち得ている彼女であるが、電車の中ではピカイチの狂人
ペンギンに似てるからペンペンと呼ばれるようになった主人公は、内心よく思ってません。
チームリーダーからペンペン呼びをやめるよう、頭突きを動画に記録して、交渉しようと考えます。
一度、主人公がペンペン呼びをやめてもらうよう頼んだら、
ごめん。あとでね
と、謎の返答をチームリーダーにされたままだったからです。
しかし、リュックサックに頭突きして流血してる姿を見た主人公は、さすがにチームリーダーではないと判断して、動画を撮れませんでした。
その日、主人公が遅れて職場に行くと、同僚に、
チームリーダーが電車でペンペンを見たって言うから、まだ出社しないのおかしいね、どうしたんだろう、って財務チームみんなで社内を探していたんだ
と言われます。
チームリーダーが頭突きをしながら電車内に私がいることを認知していたと思うとゾッとした
チームリーダーが他人のリュックサックに頭突きして血を流しながらも、部下である主人公の存在を把握してました。
本来であればホラーですが、ぶっ飛びすぎてて笑えます。
一番笑ったのは、主人公がトイレの床で横になるシーンです。
トイレに入って、4つ並んでいる個室の壁面の棚にストックされているトイレットペーパーロールを入口側の個室から順に素早く胸元にかき集めていこう。
文末が「かき集めていきます」ではなくて、「かき集めていこう」っていうのが、トイレで横になることを「一緒にやってみよう」や「おすすめしてる感じ」があって、おかしかったです。
今年の新潮新人賞、すばる文学賞、文藝賞の中で本作が良かったですし、芥川賞候補に選ばれて欲しい作品でした。