リアリティのあるなし
主人公は、弟の結婚式に出るために、新幹線で仙台へ行きます。
新幹線から降りるとき、就活帰りの女子大生から声を掛けられます。
タイトルにもあるとおり、主人公は、24、5歳の女性です。
女子大生は、自分の読みたかった漫画を主人公が読んでいたことで、声を掛けたようです。
主人公は荷物になるからと、漫画を女子大生に渡します。
女子大生は主人公に、また会えませんかと提案します。
二人は連絡先を交換します。
リアリティが薄い気がしました。
共通の漫画を読んでたからといって、新幹線を降りるときに声を掛けるだろうかと思いました。それに、連絡先まで交換するだろうか。
主人公と女子大生が隣の席同士だったなら、声を掛けるのはまだわかります。
「その漫画、私も好きなんです」と、ひっそり話しかけるくらいは。
しかし二人は前後の席でした。
女子大生は、画に描いたような明るいキャラクターを、前面に出してます。
主人公は作家なので、女子大生が、作家である主人公を認知して声を掛けたのかと思いましたが、どうやら違うようです。
弟の結婚式の翌日、主人公は女子大生の地元へ行きます。
古墳で人目を気にせず歌う女子大生は、やはり明るさを前面に出すための存在に見えます。
主人公は、
根っからなのだろうが、無邪気な姿を見せたいようにも思えて少しうれしくなる。
と、女子大生について評します。
私はなぜ、主人公に「無邪気な姿を見せたい」のか、わかりませんでした。
主人公は長身の美人で、私の読んでる感覚だと、とっつきにくい女性です。
年上からは好かれるかもしれませんが(亡くなった叔母のような人に好かれるのはわかります)、年下から懐かれるようには、はっきり言って見えません。
弟にも、懐かれてるというより、付き従われてる感じです。姉の言うことは絶対みたいな。
物語を展開させる(主人公にとって都合のいい存在を作り上げる)ための、作家の作為を感じてしまいました。
女子大生は、主人公の結婚式の写真を、
立ったまま、十数枚の写真を何度も往復して、小一時間も黙ってみていた。
立ったまま、十数枚の写真を、小一時間(60分弱)も黙ってみてるだろうかと、疑問でした。
気になる点ついでに、もう2つ。
「迂闊」という言葉が、作中に三回は出てて違和感がありました。
「迂闊」は漢字が難しいからか、目立ちます。
また、主人公は亡くなった叔母と旅行しようとしてた場所を、一人で行きます。
主人公は、弟から問われます。
楽しいの、悲しいの
主人公は、「正直わかんない」と返します。他にまだ行ってない場所もありました。
全ての場所に行ったら、楽しかったか、悲しかったかを報告すると、弟に言います。
その結果を弟に報告するシーンが欲しかったです。
主人公は、叔母と旅行を計画してた場所を一つ残して、大学生の女の子の地元に行ってます。
よって、計画した場所全てには行けなかったと思いますが、それでも弟に報告する会話があったら良かったのにと思いました。
ホウ・レン・ソウの話があり、弟が過去にちゃんと「連絡」してるんだから、姉も報告してほしかったです。
もちろん良い点もあります。
私は、乗代さんの書く、会話と会話に挟まれる文章が好きです。
彼女のためにも、鉤括弧の額に入れればあつかましく見える第一声を書き出したりはしない。
「鉤括弧の額に入れればあつかましく見える第一声」なんて、乗代さんしか書けないと思っちゃいます。
鉤括弧の額に入れてあつかましく見るのは、読者ではなく(少なくとも私は見ません)、作家である乗代さんなんだろうと思います。
その時も引っかかった返事だけれど、回想の中の言葉までくさすことはない。
「回想の中の言葉までくさすことはない」も良いです。
主人公は、基本的に相手をくさす感じがあります。プライドの高さをバシバシ感じます。
それゆえに、新幹線で近寄ってきた女子大生に、嘘っぽさを感じました。「普通、近寄れないよあの人には」って。
ただ、女子大生は読者である私と違って、主人公のくさす感じやプライドの高さを知らないので、近寄りにくさを抱かず、無邪気に寄ってきたってことかもしれません。
それでいよいよ口を開くそんな時は、こんなことを長々書き挟めるぐらいの、ゲームで一度きりの大技を繰り出す時にもよく似た、やや迂闊な間が生成されるのだった。
会話と会話の間に、明らかに長い心情描写が書かれてるとき、会話の間にそんなに考える時間はないだろうと思うときがあります。
会話の間を、「ゲームで一度きりの大技を繰り出す時」と例えてるのが、上手いと思いました。
物語の展開や人物造形に文句をつけてしまいましたが、文章技術は素晴らしいです。
ここで終わってしまうのかと驚きました。もっと読んでいたい作品でした。