第172回芥川賞候補作発表
2024年12月12日(木)、芥川賞の候補5作品が発表されました。
受賞作の発表は、2025年1月15日(水)です。
以下、候補作と掲載誌をまとめ、受賞予想をいたします。
安堂ホセ『DTOPIA』文藝秋季号
『ジャクソンひとり』(第168回候補)、『迷彩色の男』(第170回候補)に続き、3回目の候補です。
『DTOPIA』は、野間文芸新人賞候補にもなりました。
感想はこちらです。
鈴木結生『ゲーテはすべてを言った』小説トリッパー秋季号
初の候補入りです。
小説トリッパーからの候補入りは、第161回の今村夏子さんの『むらさきのスカートの女』以来です。同作は芥川賞を受賞してます。
感想はこちらです。
竹中優子『ダンス』新潮11月号
初の候補入りです。
同作で新潮新人賞を受賞しました。
感想はこちらです。
永方佑樹『字滑り』文學界10月号
初の候補入りです。
感想はこちらです。
乗代雄介『二十四五』群像12月号
『最高の任務』(第162回候補)、『旅する練習』(第164回候補)、『皆のあらばしり』(第166回候補)、『それは誠』(第169回候補)に続き、5回目の候補です。
感想はこちらです。
受賞予想
- 『DTOPIA』〇
- 『ゲーテはすべてを言った』△
- 『ダンス』△
- 『字滑り』〇
- 『二十四五』△
予想ではいつも一作は×が入ってるのですが、今回×はありませんでした。
絶対受賞はないだろうと思う作品が、なかったからです。
『DTOPIA』は、芥川賞候補になった著者の過去2作に比べて、飛躍しています。
過去作で描かれた人種やジェンダーの問題にとどまらず、
- 恋愛リアリティショー
- 二人称に近い小説
- 少年の非行
- 過去の核実験
と、多くの要素を盛り込んでます。
詰め込み過ぎてる感は否めませんが、野心作ではあります。
野間文芸新人賞に落選してるのは気になりますが(受賞作は豊永浩平さんの『月ぬ走いや、馬ぬ走い』)、受賞に期待します。
『ゲーテはすべてを言った』は、ゲーテの名言をめぐり、それはゲーテが言ったのかという謎を解き明かしていきます。
本書を書く著者の知識量がすさまじく、衒学的だと言われかねない作品ではありますが、面白く読めました。知的好奇心をかきたてます。
純文学の新人賞に応募されたら受賞するレベルですが、芥川賞ではどうかわかりません。
近い作品に感じた高尾長良さんの『音に聞く』は落選しましたが、石沢麻依さんの『貝に続く場所にて』は受賞しています。
三作受賞であれば入る可能性はありますが、一作か二作だと、厳しい気がします。
名言を解読する最後のピースが知り合いというのは、作家の作為を感じました。そんな奇跡あるだろうか。
『ダンス』は、主人公の同僚である下村さんのキャラクターがいいです。
下村さんは彼氏に婚約破棄され、婚活パ―ティに行くようになります。仕事がおろそかになり、割を食うのは主人公です。
それでも主人公が心を許してるように見える同僚は、下村さんだけです。主人公にとって下村さんは、好きだけど苦手な相手です。
今回の5つの候補作の中では、最も読みやすい作品でした。
新潮新人賞では、5人中4人の選考委員が丸をつけたそうですが、4人ともイチオシは別の作品だったようです。それでも、受賞させるべきだという意見は一致したので、受賞したとのことです。
それが芥川賞にも当てはまれば、二作受賞の一作が『ダンス』という可能性もありますが、他の候補作が強いと思いました。
『字滑り』は、突然文字が使えなくなる現象が、世界各所で起きます。
その人がいる場所や個人差によって、影響は異なります。
地震や土砂崩れのような災害に近いように感じますが、字滑りは、時が経つと自然と治ります。復旧作業も不要です。
字滑りに関心を持つ登場人物たちが、字滑り体験施設にモニターとして集められてから、物語は加速します。
文字が使えなくなる現象を観念的に表現するのではなく、物語に落とし込んでるのが良かったです。
幻想的で耽美的なシーンが目に浮かび、印象に残りました。
『二十四五』の主人公は、著者のデビュー作『十七八より』や芥川賞候補『最高の任務』と同じです。
24、5歳の主人公が、弟の結婚式に行くために、仙台を訪れます。
仙台には、亡くなった叔母と旅行を予定していた場所もありました。
サーガとして括られる作品の一篇が、果たして受賞するだろうかと考えたとき、厳しいと思いました。
私は主人公の叔母に対する思いは、他の作品で補完してますが、この作品だけを読んだ人がそこまで理解できるかはわかりません。
サーガで思い出すのは古川真人さんです。
過去3回芥川賞候補になって落選した後、サーガから少し離れた『背高泡立草』で受賞しました。
それに、『それは誠』で受賞を逃してるので、芥川賞とはよほど相性が悪いのだと思います。
『それは誠』は、掲載された文學界に「著者の最高傑作」と書かれるほど、お墨付きを与えられた作品でしたが、落選してしまいました(受賞は市川沙央さんの『ハンチバック』。『それは誠』は織田作之助賞と芸術選奨文部科学大臣賞を受賞)。
『二十四五』で引っかかるのは、女子大生のキャラクターです。
個別の感想でも書きましたが、同じ漫画を読んでたというだけで、新幹線で前後の席に座ってた人に声を掛けるのは疑問でした。それに、連絡先まで交換するだろうか。
その女子大生とのつながりがないと物語は展開しないことではありますが、リアリティに欠ける点が気になりました。
女子大生は明るさ一辺倒って感じなのも微妙です。
ただ、過去5回も候補になっており、功労賞的に受賞することもなくはないと想定し、△にしました。
受賞予想は、『DTOPIA』と『字滑り』のダブル受賞です。
前回までの芥川賞の予想結果
第171回:朝比奈秋『サンショウウオの四十九日』当たり、松永K三蔵『バリ山行』はずれ
【芥川賞予想】第171回芥川賞候補作発表、掲載誌まとめ(2024年上半期)
第170回:九段理江『東京都同情塔』はずれ
【芥川賞予想】第170回芥川賞候補作発表、掲載誌まとめ(2023年下半期)
第169回:市川沙央『ハンチバック』はずれ
【芥川賞予想】第169回芥川賞候補作発表、掲載誌まとめ(2023年上半期)
第168回:井戸川射子『この世の喜びよ』、佐藤厚志『荒地の家族』予想できず
第168回芥川賞受賞作発表と、近年の受賞作で一番良かった作品
第167回:高瀬隼子『おいしいごはんが食べられますように』はずれ
【芥川賞予想】第167回芥川賞候補作発表、掲載誌まとめ(2022年上半期)
第166回:砂川文次『ブラックボックス』当たり
【芥川賞予想】第166回芥川賞候補作発表、掲載誌まとめ(2021年下半期)
第165回:李琴峰『彼岸花が咲く島』当たり、石沢麻依『貝に続く場所にて』はずれ
【芥川賞予想】第165回芥川賞候補作発表、掲載誌まとめ(2021年上半期)
第164回:宇佐見りん『推し、燃ゆ』はずれ
【芥川賞予想】第164回芥川賞候補作発表、掲載誌まとめ(2020年下半期)
第163回:高山羽根子『首里の馬』当たり、遠野遥『破局』はずれ
【芥川賞予想】第163回芥川賞候補作発表、掲載誌まとめ(2020年上半期)
第162回:古川真人『背高泡立草』当たり
【芥川賞予想】第162回芥川賞候補作発表、掲載誌まとめ(2019年下半期)
第161回:今村夏子『むらさきのスカートの女』当たり