いっちの1000字読書感想文

平成生まれの30代。小説やビジネス書中心に感想を書いてます。

小説

『図書室』岸政彦(著)の感想【挨拶のいらない人間関係】(三島賞候補)

挨拶のいらない人間関係 主人公は50歳の女性。団地で一人暮らしです。 ある雨の日、猫がほしくなった主人公は、小学生の頃を回想します。 主人公は当時、母親と二人暮らし。猫もいました。 母はスナックで働いていて、帰りが遅いです。 主人公は放課後、家の…

『世界の終わりの終わり』佐藤友哉(著)の感想②【まじめに働いていても愚民】

まじめに働いていても愚民 感想①はこちらです。 主人公は、売れない作家です。 二年ほどかけて六作の長編小説を書いたが、どれも出版部数がふるわず、講談社から出版することができなくなった。 講談社という出版社名まで出ています。 講談社は、著者がデビ…

『世界の終わりの終わり』佐藤友哉(著)の感想①【金原ひとみ「私小説的小説10」】

金原ひとみ「私小説的小説10」 金原ひとみさんが、 『文藝 2022年秋季号』の 「私小説的小説10」 で本書を選んでいたので読みました。 厳密には、 金原さんが「私小説的小説10」で本書を取り上げ、 私が『世界の終わりの終わり』というタイトルに興味を持っ…

『カルチャーセンター』松波太郎(著)の感想②【オブセッションでは受賞できない】

オブセッションでは受賞できない 感想①はこちらです。 主人公のマツナミは、小説を書き、読み、合評するカルチャーセンターに通っています。 生徒たちは、受賞に向け、作品を書いています。 主人公は、回転寿司店の中で始まって終わる小説を書きました。 主…

『カルチャーセンター』松波太郎(著)の感想①【切迫した感情が煮詰まった作品】

切迫した感情が煮詰まった作品 私小説に近いフィクションとして読みました。 マツナミという登場人物は、著者本人だと思われます。 カルチャーセンターは、小説を書いて、読んで、合評するスクールです。 本書は三部構成で、 マツナミが語り手。カルチャーセ…

『ほんのこども』町屋良平(著)の感想【誰の何のための小説か】(野間文芸新人賞候補)

誰の何のための小説か 私小説に近いフィクションとして読みました。 物語をたどるよりも、小説とは何かを考える読書体験でした。 メインの登場人物は、以下のとおり。 私(著者:町屋良平) あべくん(小学校時代の同級生) 町屋さんは、19歳のときにあべく…

『私の推敲』町屋良平(著)の感想【私という小説家の極意】

私という小説家の極意 小説家の主人公には、お守りのように読み返している創作の指南書があります。 指南書の名前は、『私という小説家の極意』で、著者の名前は書かれていません。 指南書の著者が、編集者のタカハシクンに向けて話した内容を、タカハシクン…

『1000年後の大和人』松井十四季(著)の感想【保育園の運転手のぼやき】(三田文學新人賞受賞)

保育園の運転手のぼやき 主人公は保育園の運転手をしています。 鬼滅の刃とうっせぇわに辟易しながらバックミラーを見ると8人の保育園児が緑と黒の格子柄のマスクをしながらうっせーうっせーと叫んでいた。 一文目から飛ばしてます。語り口が面白く、引き付…

『遠い指先が触れて』島口大樹(著)の感想【失われた記憶を取り戻す】 

失われた記憶を取り戻す 主人公は、僕(男性)と私(女性)の2人です。 主人公の僕には、薬指と小指の指先がありません。 左手の薬指と小指は途中で止まっている。誰かの感覚を、ない指に感じる。 僕は幼い頃に、ウサギに噛まれたらしいです。 しかし、噛ま…

『ギフテッド』鈴木涼美(著)の感想【母の死に際】(芥川賞候補)

母の死に際 主人公は、飲み屋で働く20代後半の女性です。 歓楽街やコリアンタウンの近くに住んでいます。 母の要望で、母は主人公の部屋に移り住みます。 しかし、すぐに入院してしまいました。 母の命は長くないです。母に付き添うため、主人公は飲み屋を辞…

『家庭用安心坑夫』小砂川チト(著)の感想【坑道に立つマネキン人形を盗む】(群像新人賞受賞、芥川賞候補)

坑道に立つマネキン人形を盗む タイトルの「家庭的安心坑夫」とは何でしょうか。 作中には明言されていません。 関連しているのは、主人公の実家近くのテーマパークの坑道にいる、ツトムというマネキン人形のことです。 ツトムはその坑道の中腹に立っている…

『おいしいごはんが食べられますように』高瀬隼子(著)の感想【胸糞悪い『コンビニ人間』】(芥川賞受賞)

胸糞悪い『コンビニ人間』 『コンビニ人間』からユーモアを引いて、胸糞悪さを足したような小説です。 狭い職場の表面的な人間関係の裏にある感情を、さらけ出しています。 登場人物の誰一人にも魅力を感じませんでした。 支店長:「飯はみんなで食ったほう…

『あくてえ』山下紘加(著)の感想【悪態というコミュニケーション手段】(芥川賞候補)

悪態というコミュニケーション手段 タイトルの「あくてえ」とは、 悪口や悪態といった意味を指す甲州弁 で、主人公である19歳の女性は、悪態をつきます。 主人公が、同居の祖母を「ばばあ」と心の中で呼ぶのも悪態の一つです。 主人公は、 祖母 母 の三人暮…

【芥川賞予想】第167回芥川賞候補作発表、掲載誌まとめ(2022年上半期)

第167回芥川賞候補作発表 2022年6月17日(金)、芥川賞の候補5作品が発表されました。 受賞作の発表は、7月20日(水)です。 以下、候補作と掲載誌をまとめ、受賞予想をいたします。 小砂川チト『家庭用安心坑夫』群像6月号 初の候補入りです。 同作で群像新…

『N/A』年森瑛(著)の感想②【つらい人に掛ける言葉】(文學界新人賞受賞、芥川賞候補)

つらい人に掛ける言葉 感想①はこちらです。 主人公の友人であるオジロの祖父が、コロナにかかり、入院します。 オジロから直接報告を受けた主人公は、どのように声を掛けていいか、悩みます。 オジロにとって重要な友だちだから打ち明けてもらえたのであって…

『N/A』年森瑛(著)の感想①【かけがえのない他人】(文學界新人賞受賞、芥川賞候補)

かけがえのない他人 主人公の女子高生は、教育実習生の女子大生と付き合っています。 主人公は、「かけがえのない他人」に憧れていました。 ホットケーキを食べたりおてがみを送るような普遍的なことをしていても世界がきらめいて見えるような、他の人では代…

『ここはとても速い川』井戸川 射子(著)の感想【見逃してはいけない言葉】(野間文芸新人賞受賞)

見逃してはいけない言葉 主人公は、大阪の児童養護施設で暮らす小学5年生です。 主人公の視点で語られます。 祭りで買ったアメリカンドッグを食べていると、 根もとが白なった短い茶髪の毛が出てきた。引き抜いて、なかったことにするために大急ぎで食べ終わ…

『鳥がぼくらは祈り、』島口大樹(著)の感想【一人称内多元視点】(群像新人賞受賞、野間文芸新人賞候補)

一人称内多元視点 書き方が特殊です。 「ぼく」が使われているので、「ぼく」の視点から描かれている作品かと思いきや、他の登場人物の視点からも描かれます。 例えば、 山吉が振り向いて遣った視線の先にいたのはぼくだった というように、視点が「ぼく」で…

『カメオ』松永K三蔵(著)の感想【犬を放ちたい】(群像新人賞優秀作)

犬を放ちたい 2021年の群像新人賞は、入賞作が3作ありました。 当選作「貝に続く場所にて」 当選作「鳥がぼくらは祈り、」 優秀作「カメオ」 3番目の賞が「カメオ」ですが、私は3作の中で一番面白く読みました。 先が気になり、途中で読むペースを落とすこと…

『ブロッコリー・レボリューション』岡田利規(著)の感想【バンコクに行ったのか】(三島賞受賞)

バンコクに行ったのか 主人公が、「きみ」が見ている光景を語ります。 例えばこんな感じです。 ぼくはいまだにそのことを知らないでいるしこの先も知ることは決してないけれども、きみはバンコクの日々、ルンピニ公園にもほど近い、サトーン通りを折れたとこ…

『パーク・ライフ』吉田修一(著)の感想【小説に書かれていない余白を体験】(芥川賞受賞)

小説に書かれていない余白を体験 「パーク・ライフ」のタイトルどおり、公園が舞台です。 都会の中心、日比谷公園。 公園内で大事件が起こる、といった話ではありません。 昼間の公園でよく見られる風景を切り取った作品です。 主人公は、バスソープや香水を…

『彫刻の感想』久栖博季(著)の感想【樺太の少数民族の末裔】(新潮新人賞受賞)

樺太の少数民族の末裔 主人公は、北海道で非常勤の学芸員をしている、30歳の女性です。 本作は、 主人公 主人公の父 父の母(主人公の祖母) と、三世代に及ぶ一族の物語として、語られます。 祖母は、樺太で生まれ育つ少数民族でしたが、第二次世界大戦時の…

『ボギー、愛しているか』伊藤たかみ(著)の感想【売春島に打ち上げられた男】(芥川賞候補)

売春島に打ち上げられた男 ボギーとは、主人公の地元の同級生です。保木のあだ名がボギーです。 ボギーは、十九の夏に死んだ。溺死だった。九月の終わり、W島の海岸に打ち上げられたのだ。そこは、地元の売春島だと噂される小さな島だった。 なぜ、ボギーが…

『眼球達磨式』澤大知(著)の感想【小型カメラから見る世界】(文藝賞受賞)

小型カメラから見る世界 「眼球達磨式」というタイトルに、怪しくも引き付けられました。 一体何のことでしょうか。 ごく小さい機体で、手のひらに包み込むことのできるサイズ感。眼球を連想させる球体の合成樹脂ボディは、中央から黒目様のレンズが隆起して…

『サイドカーに犬』長嶋有(著)の感想【母が家を出た】(芥川賞候補)

母が家を出た サイドカーに乗った犬を、主人公は海沿いの道路で見ます。 サイドカーに犬を乗せたバイクが前方を走っていた。犬は行儀よくすわっていた。 主人公も、サイドカーの犬のように行儀がよいです。 欲しいものを、人にねだることができません。 主人…

『猛スピードで母は』長嶋有(著)の感想【心強いシングルマザー】(芥川賞受賞)

心強いシングルマザー 主人公の母の車の運転は、いつも猛スピードです。 主人公は小学5年生の男の子で、母と二人、北海道で暮らしています。 北海道の南岸沿いの小都市だが、背後を背の低い山が囲んでいた。だから海から流れてくる雲が停滞しやすいのだとい…

『旅のない』上田岳弘(著)の感想【旅がないとは】(川端康成文学賞受賞)

旅がないとは 「旅のない」とは、普段耳にしない言葉です。 「旅」について、「ない」とは言わないからです。 「旅のない」とは、主人公の出張先で会った男性が撮った、自主映画のタイトルです。 主人公は、友人の起業した会社に勤めながら小説を書いている…

『街と、その不確かな壁』村上春樹(著)の感想【文學界1980年9月号でしか読めない】

文學界1980年9月号でしか読めない 本作は、村上春樹さんの3作目の小説です。 単行本や全集にも収録されておらず、読める媒体は、「文學界」1980年9月号のみです。 私は、国会図書館で読みました。 なぜ、単行本や全集にも収録されていないかというと、村上さ…

『ドライブイン蒲生』伊藤たかみ(著)の感想【かすけた家族】

かすけた家族 「ドライブイン蒲生(がもう)」とは、主人公の父がやっていた店の名前です。 朝から夜まで店を開けているのに客が入らない、しがない飲食店でした。 次第に店を開けない日が多くなり、父は終始、酔っぱらうようになります。 父は暴力をふるい…

『無花果カレーライス』伊藤たかみ(著)の感想【実の中に咲く花】(芥川賞候補)

実の中に咲く花 無花果(いちじく)のジャムが入ったカレーライスは、主人公の母が作っていた料理です。 カレーには無花果のジャムがいいのよとつぶやく。そうすれば、味がまろむから。 主人公の母は、小学生の主人公に暴力をふるっていました。 主人公は、…